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□記憶の欠片
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私の住んでいた村と隣の村の住民が小さな諍いを起こし、戦争になった。戦争になってから一週間、沢山の悲鳴や銃声を聞いた。それまで運良く逃げ切れていた私もついに追い詰められた。目の前には爛々と輝く目、恍惚とした表情。
それ見てようやく私は気付いたのだ。彼らは戦争を楽しんでいた。村同士の諍いを理由に人殺しを楽しんでいたのだ。小さな辺鄙な村だから海軍さえ来てくれなかった。
「まだこんなガキが居たとはなぁ。よく逃げ回ったな、感心するぜ全く。」
「ひっ…い、いや!来ないで!」
「そういうのそそられるなぁ…!」
「なーんてね。」
「あ?」
「とうっ!」
くつくつ笑いながら、迫って来た奴に金的を食らわす。勝てる方法なんてそれしかなかった。
戦争が始まり、やはり驚いたものの一般的な子どものように泣き叫んだりはしなかった。
私は元から孤児だから、孤児院から抜け出しこの村に辿り着くまで様々な旅をして来た。戦闘なんてできやしないものの、逃げ足だけは一流だ。
「チャーンス!じゃあね、おっさん達。」
即座にその場を離れて海岸へ逃げようとすれば、他の呆気に取られていた連中が正気に戻って襲いかかってきた。
さすがに、四人はやばいかも。
その考えを的中させるかのように私は足を取られ、その中の一人に馬乗りになられてしまった。
「包囲完了。…捕まえろ。」
重く深い声がその場に響いた。怒鳴った訳でもないのに、真っ直ぐに響くその声の持ち主を見れば、…彼は傲慢そうに立っていた。
海軍。
海兵達が奴らを捕まえて連れて行った後に残った私と葉巻をふかした男。何も言わずにこちらを見て、にやりと笑った。
「あの状況でよく挑発ができたな」
「……いつから見てたの。」
「さぁな。お前、家族は。」
「居ない。捨てられて孤児院で育って、抜け出してここに住んでたから。」
「なら、俺と来い。俺の名前はスモーカーだ。」
「は?」
「来るも来ねぇもお前の自由だ。飯食って働いて、孤児としてじゃなく普通に生きてぇなら着いて来い。」
そんなこと言われたら行くしかないじゃないか。
スリをしなくてもいい、働く場所があるなら働きたい、あったかいご飯を毎日食べたい。野宿はもう嫌だ。
着いていかない理由がなかった。
それから、五年の月日が経った。
私は二十歳になり、大人の仲間入りを遂げた。スモーカーに拾わ
れて五年間、とても幸せだった。近くの八百屋で働いて、買い物してスモーカーとの家に帰り、ご飯を一緒に食べる。
平和で毎日幸せに溢れていた。
「ありがとう、スモーカー。」
「早く行け、バカ娘。」
私は平和な毎日を捨てて、海賊になると決めた。海を渡り冒険し、財宝を見つける素晴らしさを教えてくれた男が居た。
まだ見ぬ世界を見たいとスモーカーに初めて我が儘を言った。
当然、却下されたのだけれど私には秘密兵器があった。それは、彼が私を拾った理由だった。スモーカーは将来の私に期待をして拾ったのだった。
「いい女になると踏んで拾ったらとんでもねェやんちゃ娘に育ちやがった。」
「だから条件つけたでしょーが。あたしを捕まえられたら、そのときは」
「俺の女になる、だろ。」
「そういうこと!」
自分の中で最高級品の笑顔を向けて、家のドアに手をかける。
「おじいちゃんになる前に早く捕まえに来てね、ダーリン。」
「ふざけたことぬかすな。俺から逃げるなんざ十年早ぇよ、ハニー。」
ねぇ、あなたは覚えてる?
五年前のあの日した約束。
「二十歳を過ぎたらあんたの嫁になってやってもいいよ。」
「ハッ。
お前が大人の女になったらもらってやらねぇこともねぇ。」
大人になってくるよ、あなたの為に。
記憶の欠片
(あなたはきっと忘れちゃったよね。)
(お前はもう忘れちまっただろうな。)
END