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□今が幸せだと思える瞬間
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気づくとそこは真っ白な空間で。
ここはどこだろうと辺りを見回すと何かが視界に入った。
その何かは私のよく知る人の背中に似ていたのでとても驚いた

「…スモーカーさん?」

でもやっぱり少し自信がなくて恐る恐る声をかけると、その人はこちらに振り返った
ああ、やっぱり彼だった。
そう思った瞬間目から涙が勝手に溢れてきて視界をぼやかした。
なんで今まで連絡してこなかったの?
何かあったの?
新しく好きな子でもできた?
心配だったんだよ。
寂しかったんだよ。
色んな思いが体を駆け巡り全て目から溢れるものと共にとめどなく流れていく。
視線を少し上に向けるといつの間にかスモーカーさんは私の目の前に立っていて。
すると腕を伸ばしガシガシとがさつに頭を撫でてきた。
そしてたった一言

「大丈夫だ」

と言った。






 
*****






ゆっくりと目蓋をあげると目の前は真っ暗だった。
私はいつの間にか寝てしまったらしい。
ベッドのサイドテーブルには最近の寝付きの悪さを改善しようと始めたハーブティーの飲みかけがあった。
状況を把握すると、次に考えるのはさっきの夢のこと。
なんで今日に限ってあんな夢を見たんだろう。
なんで夢の自分あんなに簡単に泣き出したたんだろう。
ふと夢を思い出して目元に手を伸ばしてみるとそこには一筋の涙の後があった。
本当に泣いていた自分になんともいえない短い笑みを送る。
泣いても愛しい彼は帰ってこないというのに…
スモーカーさんが仕事に出てからもうそろそろで5ヶ月が経つ。
最初の1ヶ月半は軍を通じて手紙が送られてきた。
手紙といってもスモーカーさんの性格からか、内容は最低限の連絡事項と注意事項、あとちょっとしたコメント程度。
他の人から見ればメモのような物だった。
でもそれがとても彼らしくていつも届くのが楽しみだった。
でもそれはある時期を過ぎたらぱったりと途絶えた。
きっと忙しいんだ、落ち着けばまた送ってくれる。
最初はそう考えていたが、段々と期待は薄れていき、今ではもうそれを待つことすらしなくなっていた。
今どこにいるの?
今何をしているの?
今何を考えてるの?
手紙の存在を思い出したら切なくなってきて、横にあったもう一つの枕をギュッと抱く。
 
「何が大丈夫なの?全然大丈夫じゃないよ」

夢で彼が言ったその言葉。
今の私には何に対して言ったことだが全くわからない。
切なさともどかしさからか、また目から涙が溢れてきた。


「なんだ、起きてたのか」


すると頭上から突然声をかけられた。
久々に聞いた、しかし聞きなれたその声に瞬時に反応して顔をあげると、そこにはもちろん声の主が。
何が何だかわからなくて、夢の続きかとか思ったりして、とにかく思考がまとまらなくて硬直してしまった。
彼はそんな私を不思議そうに見ている。

「…スモーカーさん……?」
「なんで疑問形なんだ」

やっと吐き出せた言葉は彼の名前で。
こんな状況ならば疑問形になるのも仕方ないじゃないか、という反論は頭をよぎっただけで発することはなかった。
でも、その声に外見、態度、そして何より葉巻の匂い。
間違いなくスモーカーさんだと確信した。
その途端、一度止まった涙はまた流れ始める。
私はいつからこんな泣き虫にたったんだろう。

「バカ…スモーカーさんのバカ…」

本当は帰ってきてくれてうれしいのに、口からは今までの心配や寂しさが八つあたりに姿を変えてでてくるばかり。
でも彼はそんな私を見て、くわえていた葉巻をベッドのサイドテーブルにあった灰皿に押し付ける。
そして次の瞬間、私は彼に抱きしめられていた。
 
「長い時間待たせすぎた。…悪かった」

すんなりと出てきたスモーカーさんの謝罪の言葉。
強くなる彼の腕の力。

「寂しかった」
「ああ」
「心配だった」
「ああ」
「私のこと忘れちゃったんじゃないかって…」
「それはない」
「ほかに好きな子ができたんじゃないかとも思った」
「…お前」
「それくらい心配だったの」
「悪かった」

スモーカーさんの体温と葉巻の香りに包まれた私はずっと言いたかったことを口にした。
もっと言いたいことは沢山ある。
でも今一番言いたいのは

「おかえりなさい」

この一言だけ。


貴方に触れることができる今この瞬間が私にとっての幸せ


(「ただいま」)
(そう言って彼は優しいキスをしてくれて、)
(夢とは違ってやさしく頭を撫でてくれた)
(大丈夫、夢じゃない)



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