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□もう一度だけ信じたい
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何度目だろうか。彼が嗅ぎ慣れない香水に包まれて帰ってきたのは。
何度目だろうか。彼が首筋に紅い華を咲かせているのを目にするのは。
何度目だろうか。彼が私との約束を破ったのは。
もう数える気にもなれない。
「久しぶりに会いに来たってのに挨拶もなしか?」
不敵に笑う派手なコートに袖を通した男にあたしはそっぽ向いた。
偶然のくせに「会いにきた」?その言葉に騙されてたのは最初だけ。もう流されたりしない。あたしはもう貴方に振り回されたりしない。あたしは変わった。そう自己暗示をかけて身を守る。
『離れて』
「あ?」
『あたしは貴方の物じゃない』
「フフッ!ご機嫌ななめだなァ」
本当はわかってる。
彼があたしを必要としてないこと。あたしが彼にとって価値のないものだってこと。
それでも側にいたい。他の女のところに行ってほしくない。
そう思うのはあたしが彼に惚れてしまっているから。
『ねぇ、』
「ん?」
馬鹿みたいに必ずあたしの元に帰ってきてくれると思い込んでるから。
『約束』
「またか?」
毎回毎回破るだけの約束を交わすのは心のどこかに彼を信じていたいと嘆く自分がいるから。
『もう他の女のとこに行かない?』
「あぁ」
彼と繋がりを持ちたいあたしは彼の軽い返事が嬉しくて嬉しくて。絡ませた小指を通して神様とやらに念じるの。
もう一度だけ信じたい
(もう一度だけと言い聞かせながら)
(あたしは幾度となく彼を信じてる)