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□上手な嘘なんかいらない
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『ねえ、聞いて!』



彼女は後ろから彼に飛びつき、首もとに頭をすり寄せながら言の葉を紡ぐ。



『昨日、街で声かけられたの』


「…」


『かわいいね、一緒にお茶しない?って』


「…」


『その時はちょうどミホークを探してたから断ったんだけど…おごりならいってもよかったと思わない?』


「…」



彼女が耳元で何を言おうと、彼の金の双眸は開くことはなかった。

寝ているわけではないだろう。

こんな耳元でうるさくされては、さすがの彼も眠れはしない。

その彼の様子に、彼女は心の内でため息をついた。

彼女がこんなことをいうのは、ただ単純に彼に"ヤキモチ"というものをやいてほしいから。


今までも何回もチャレンジしてきた。

変な海賊に攫われそうになっただとか
青キジにお茶に誘われただとか
どこかの国のお坊ちゃまに求愛されただとか
ドフラミンゴの部屋に連れ込まれそうになっただとか。


半分嘘で半分本当のことを、何回も彼に話した。

きっと彼は自分の言葉など信じていないのだ。


いつも素っ気ない反応(時には無視)しかしない彼に、彼女はそんなことを思い
いつも言った後で後悔するのだ。



『ハア、』



先ほどは心の中で留まったため息が、思わず口から出てしまう。
 
 
ゆっくりと金の瞳が片方だけ開き、彼女は戸惑った。

何を言っても開かなかった目が、突如開いたのだから。



「おれといるのはつまらんか?」


『え…?』



今度は彼女の目がまん丸に開いた。


彼がこんなことを言うのは初めてだったから。



『どうしたのミホーク、そんな』
「去りたければ去れ。引き留めはせん」


『!』



彼女の言葉を遮って、彼の冷え切った言葉が彼女の耳に届いた。


目の前が真っ暗になる
とはこんなことを言うのだろうか。


大好きだったはずの金色が、真っ黒な景色に冷たく浮かび上がっていた。


それは彼が本気でそう言っているのだと気づくには十分すぎて。

彼女の瞳には塩気を含んだ水分がたまっていた。



『ばか…』



絞り出した声は思っていたよりも小さいし掠れていて。

それでもこの距離だから、彼の耳にはしっかり届いている。


それでも平然とすました顔をする彼に、彼女の心には悲しみを上回る感情が芽生えてきた。



『ミホークのばか!!』



彼の耳元で、彼女は思わずそう怒鳴った。

さすがの彼もそれには驚いたらしく、ほんの少しだけ躰が動いた。


それでも顔は変わらずすましているから、彼女は構わずまた怒鳴った。


 
 

『あたしは…あたしはミホークが好きだから一緒にいるのに!それくらいわかってるんでしょ!?』



それでもあたしに、去れっていうの…?


怒鳴り声から一変、彼女の心を現すかのような悲痛な声。


彼はふう、と一息つき、彼女の片腕を引っ張って正面から包み込んだ。



「すまぬ、…嘘をついた」



今度は彼女の耳元に彼が囁く。

低音で落ち着くその声に、彼女は冷静さを取り戻して耳を傾けていた。



「ぬしが去ろうとするならば、おれは地の果てでも追いかけよう」


『…』


「ぬしのいない世界など、つまらぬだけだ」


『ミホーク…っ』



彼女はそっと、彼の背に腕を回した。


ああ、なんて愛おしい人だろう。


彼の言葉を胸に刻み込み、彼女は自分の唇を彼のそれに重ねた。















上手な嘘なんかいらない
(欲しいのは愛の言葉だけ)






END

 

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