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□涙の落ちる音がした
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いくら剣を振っても、筋肉が悲鳴を上げようとも、煙と血の匂いはなかなかきえないものだ。
特に今日はひどい。匂いが鼻をかすめるたびに、今日の自分の愚行を思い出す。
別に手ごわい敵ではなかった。戦い自体は、いつもよりもスムーズにすんだほどだ。海賊を倒し枷をはめ軍艦に連行し、部下から報告を受けている所だった。
「中佐、危ない!!」
振り返ると目の前に銃口があった。しまった、と思う暇もなくと横に突き飛ばされた。銃声が鳴り響いた。撃たれたのは注意を叫んでくれた海兵だった。
その海兵の怪我は命に別状のないものだったが、自分のうかつさに反吐がでそうになった。
そんな自分自身を打ち据えるかのように剣を振り続ける。二度と、あんなミスをしないように。
「で、いつまで覗き見しているつもりですか准将。」
「てめぇが止めるまでだ、中佐。」
だいぶ前からいたのには気づいていたが、放っておけばそのうちいなくなるだろう、なんて考えは甘かった。今一番会いたくない人なのに。
「馬鹿なてめぇのことだ、どうせ今日のことで沈んで自棄になってるだけだろ。」
「違いま「違わねぇだろ。」
葉巻から吐き出される煙さえもが憎らしく見える。
「あたしが、ちゃんと注意していれば後ろを取られることもなかったし、部下が怪我をすることもなかった。あたしの責任です。」
吐き捨てるようにいえば、はっと鼻で笑われた。
「今回の出撃の最高指揮官はおれだ。悪魔の実の能力者であることを見逃し普通の手錠をかけさせたのも、あの場で報告処理をさせたのも、おれだ。てめぇじゃねぇ、おれの責任だ。」
唇をかむ。
「あまり驕るな。お前ぐらいの海兵なんか、腐るほどいるんだ。責任何たらの話はもっと強くなってからいいやがれ。」
包み隠さず真っ直ぐ告げられた言葉は、痛いくらい胸に刺さった。
「、すみません。」
深く頭を下げればため息が聞こえた。呆れられてしまったのだろう。しかし、聞こえた舌打ちに顔をあげれば、そこには頭をかいて少し困ったような顔をしている准将がいた。そして出し抜けにいった。
「だからまぁ、あんまり無理すんなってことだ。」
さっきとはちがう意味で胸がつまった。
「・・・どんな‘だから’の使い方なの、スモーカー、」
こちらに近づきながらうるせぇんだよ、と笑う。
「心配かけん
な。」
そういって抱きしめられれば、必死に唇をかみしめて抑えていたものはいとも簡単に決壊した。
すもーかー、そういって厚い胸板に顔をうずめれば、乱暴に頭を撫でられる。
「お前が無事なら、それでいい」
そんなの海兵失格じゃない。しゃくりあげながら呟いたらまた、うるせぇんだよと言われた。
「お前が無事ならそれでいいんだ。だからもっと強くなれ、おれに心配かけないようにするためにな。」
強さなんてものには果てがなくて、一歩踏みちがえれば紙一重で悪にも正義にもどちらでもなれてしまう。でもあたしは、強さを正義の名のもとに使いたい。
でも、その正義さえも揺るぎそうになることだってある。そんなときは、スモーカーに心配されないことを正義の強さにしてしまおう。
痛いくらいに強く抱きしめられた腕の中で、そんなことを考えられることの幸せをかみしめた。
涙の落ちる音がした
(拝啓愛しい君へ)
(とりあえず僕の傍で泣いていてくれれば問題ないんだ)