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□繰り返すのはもう終わらせたい
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街に海賊が出たと騒がれた日から、この店を見つけ出したそいつらは毎晩クラブを貸し切りにして大宴会を開いている

海賊は女に触れる機会が少ないせいか、私達がステージで挑発すれば簡単に盛り上がってくれる。
のちにテイクアウトされる商品でもオーディエンスが沸けば、エンターテイナーとして華が咲くというものだ。

私はナイトクラブの女だ。
中には仕方なくやっている奴もいる。
でも私は違う。
最初はそうだったかもしれないが。愛する人と、と言う生娘のような考えはもうとうに無い。生きるために用意された道を やっとそれなりに楽しみながら歩めるようになった筈だった。

黒髪の大男が私を連れ出すようになったのは最初の大宴会のすぐだった。
口の端から煙がこぼれ、ニヤリと無言で刺し伸ばされた手を取ってしまったその日から、彼との夜が始まった。

そしてそれがメビウスと言う道に知らぬ間に足を踏み入れてしまった始まりだった。


煙草をくわえる以外は口を開かないような随分無口な男だった。 ここまでならまぁ居る客だ。

あまり話さない癖によく笑う。口の端をつり上げて笑うその素直に笑えない所があまりにも煙草の煙と似合っていた。
そして驚く程、強面な癖にベッドの上では甘くて優しいのだ。
全く、今までの顧客データベースに無い男に変な人だと思いながらも
きらびやかな夢の後、毎晩差し伸べられる手にエスコートされるのが細やかな幸せにすらなってしまっていた。


 
三度目の夜、彼はベン・ベックマンと名乗った。

見た目通り堅そうな名前だと笑った私を
あまりにも甘い瞳で微笑み返すから、私はうっかり生娘のような淡い幻想を貴方にみてしまった。



四度目の夜、彼は私に手を差し伸べなかった。
代わりに私を連れ去ったのは 片腕しかない赤髪の男だった。
自分が可笑しかった。
誰とでも寝るこの商売、この道に商品としてプライドを持っている筈なのに。
今の私はまるで牛飼いに見守られながら売りに出されている気分なのだ。
手放された子牛がこんなにも孤独だなんて、牛飼いに情が移ってしまった事を認めざる得なかった。


ところが子牛は無傷で返品となった。
揃いも揃って変な人達。
ベンもまあまあ変だがこの赤髪の男はもっと変だった。せっかく連れ出した商品をじっと眺めて会話するだけだった。


この赤髪が余計な事をするから更に私は迷子になった。

ニヤリとも笑わない
五度目の夜
私は自ら彼の胸に飛び込んだ。
甘くて優しくはなかった
激しくて切なかった
それが嬉しくて
いとおしい自分がいた。

いや、嬉しくてはいけない
これは大事件だ。こんな事が嬉しくてはいけないのだ。
私はこの先も無数の男達に抱かれ続けて生きていく。
無数の男に抱かれるからこそ、生きていけるのだ。
 
激しく責め立てた後も
彼は笑わなかった

取り残されたいつもと違う部屋の中。静寂の中で出ていった彼がドアの外でマッチを擦った。
今日は香らない煙草の代わりに
乾いたドアの音だけが耳に残った。


ずるい、ずるいと繰り返し泣いたが何がずるいのかは解らなかった。
どこぞの生娘が羨ましかったのかもしれないし、どうやら彼だけに抱かれたいのに 行ってしまえば彼は平気で 私はまた他の客と寝るのに平気でなくなるからかもしれない。

ただ、彼はもう来ない
そう思った。


六度目の夜、
彼が私の手を取ることはなかった。

無駄に盛り上がるショーの中、私はずっとメビウスの迷子だった。

殺風景な道を歩いていた筈なのに気が付けば道の脇にお花が咲いている始末
踏み外さない様歩いていた私はいつの間に一度味わえば忘れられなくなる蜜の道を歩いていたのだ。
 
できるなら彼の胸で眠りたいと思う自分に気がついた
七度目の夜、
彼の温もりを忘れたくない私は黙って店を出た。

行き場を無くした私とトランクを秋の終わりが吹き抜けて、
また何処かへ消えていく。
曇り空から差した一瞬の光が眩しくて、宛もない終わりなき道の先にちらりと目をしかませた時だった。

殺風景な道の先で
加え煙草の彼が口の端でニヤリと、笑っていた。


『もう行かなくていい』と。

大人の女はこんな事くらいで涙を流すだろうか。
出来た女性を気取っていただけで、本当は少女の様に夢見たかったのかもしれないと
差し伸べられた手を取った私は彼の暖かさにそう思った。

薄汚れた私を彼が真っ白にした瞬間だった。
巡り巡ってまた灰色の道が見えたとしても彼はまた手を差し伸べてくれるのだと、花の咲いた道が私に見たことの無い無限を見せた。

 

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