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□逢いに逝くから
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――処刑執行予定を早めよ…


会議室の大きな円卓の真ん中に置かれた電伝虫が、私の意志に反してリアルな状況を伝えていく。


ポートガス・D・エース
公開処刑の実況。


海軍と海賊達が混戦する処刑台にも行かず、私は海軍本部会議室の片隅に置かれた大きな書架の陰に膝を抱えて蹲る。本部大佐という肩書きが自分に付いている癖に、こんな隅に隠れる愚かな私。

羽織る正義のコートは重いだけ。

見れるわけがない。
あの場に居れるわけがない。

大好きで、大好きで仕方ないあの人が、無残にも“正義”と謳い上げる存在に手を掛けられる姿を……

見れるわけがない。



「しょうのない奴じゃ。」

ガープ祖父様が、会議室に引籠もる事を溜め息交じりで見逃してくれた。なのに、繋がれたままリアルタイムで戦況を報告してくる電伝虫を置いていった。

意地悪なガープ祖父様。
現実だけは見つめていろ…という無言の指示。

現実から顔を背ける事さえ出来ない、海軍英雄の血族に枷られた定め。

蹲り、いくら強く耳を塞いでも、電伝虫から聞こえてくる苛立ったセンゴク元帥の声が私の耳を犯していく。


エース兄さんを、
お願い…誰か助けて…。

無駄だと分かっているのに、奇跡に縋る。



しかし、無情にもその時は訪れた。雑音に交じり、電伝虫から慌てたような一般兵の声。
 

「た……大将赤犬が……ポートガス・D・エースを、打ち取った模様!繰り返します……」

がらんどうの会議室に声が響く。


途端、
涙が頬を伝った。


幼かったエースの姿が脳裏を過ぎる。愛を知らず、幼いのに酷く荒んだ表情のエース。

「ルフィの妹なら…オレの妹でもある…よな。」

恥かしそうに呟いて、慕う私を大事にしてくれた。

「オレがいつか…海賊のてっぺんに立った時…そん時、海軍にオマエを拐いに行ってやる。」

海に出る時、エースはニヤリと笑い、私にそう告げ…始めて唇が重ねられた。

数年たった今でも、エースの触れた唇が熱い。

『ううぅぅぅ……。』

喉の奥から声が漏れ、私は床に突っ伏し、咽び泣く。

『エース兄さん!エース兄さん!!』

手の届かない人の名を呼び続ける。

エース兄さん、言いましたよね?

私を、
海軍から
拐ってくれるって…。

『置いて…行かないで。』

カツン――

不意に、硬い靴底が床に当たる音がした。蹲る私の傍に、人の気配。

 
「…置いてかねェよ。」

その声に、全身の毛が逆立つ。聞き間違える事もない、愛しい人の声。

『・・・。』

私はゆっくりと上体を起こし、顔を上げた。

『エース…兄さん。』

「兄さんはやめろって言っただろ?」

見上げた先に、エースが立っていた。そばかすだらけの顔で、私を見下ろしている。

『どうして…。』

だって…大将に…。

「オメェを放っとけねェじゃんか。」

太陽みたいに笑って私の傍にしゃがみ込む。振動で胸に垂れるテンガロンハットのチャームが微かに揺れた。

『エ…エース!エース!』

何度も名を呼び、太い首に腕を回し抱き付くと、エースも優しく抱きしめ返してくれた。

「うるせェなぁ。」

優しく耳元で囁かれる。

『私、迎えに…来て…く、くれるのを…』

エースの身体に顔を埋め、想いを伝えたいのに涙が邪魔をする。

「…オレを待ってたんだろ?……ごめんな。」

優しく頭が撫でられる。愛しいエースの手。

 
「オマエを置いて……逝けねェよ。」

心配で…と呟き、少しだけ私の身体が離される。

暫く見つめ合い、どちらからともなく唇を重ねた。

長く長く
深く深く
数年の空白を埋める

口付け。

「弱い男でごめんな…。」

唇が離されると、エースは哀しげに笑った。

「オマエの事、ずっとずーっとよぉ……」

ねぇエース。

「愛してたんだ。」

例え、今、私を抱き締め愛を囁く貴方が…死神だとしても……

私は貴方と逝くよ。

貴方のいない世界は何の意味もない。

貴方が逝ったのならば、
これから貴方が過ごす

そちらの世界へ

私が




逢いに逝くよ。





『私も…愛してる。』

二人、笑い合う。

しがらみも何もない世界へ――――




……‥‥・・・・
 

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