小説

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「勘、ちゃ…」

「どうして、どう…っして…」


依然として頬を伝う涙は留まることはなかった
その様子に兵助は目を見開いて固まっていた

端から見れば異様な光景だろう、と頭の片隅に置きながらも俺はそれすらも考えられなくなっていた


「勘ちゃ、…ん……?」






これはまずい。




一瞬で悟った






「…ご、めん…っ」

「あ、勘ちゃ……!」


俺は目に溜まっていた涙を乱暴に拭き、気づいたら自室から出て廊下を走っていた

ただ静かな空気が流れる自習室に一人置いていかれた兵助は今だにポカンと固まっていた


「今………、」


考えれば考える程、兵助の頭はぐちゃぐちゃと掻き回されるように可笑しくなってしまった



















長い廊下を駆けるように走っていたが、次第に足は止まり、その場に蹲ってしまっていた
廊下でどんだけ泣いてんだよ、と自分に薄く笑ったがその涙はとどまることを知らなかった


「情けないなぁ…」

「…勘、ちゃん……?」

「!!」


急にかけられた言葉にビクリと肩が大げさに跳ねてしまった
声の主はわかっていた


「どうしたの?雷蔵」


俺は顔を上げて雷蔵に微笑む
雷蔵は,困った顔をしていた


「それはこっちの台詞だよ、勘ちゃん。どうしたの…?」

「俺はどうもしないよ」

「嘘だ」

「嘘じゃない」

「嘘でしょ」

「嘘なんかじゃない」

「勘ちゃ…」

「違うってば!!!」


俺の言葉に今度は雷蔵が大きく肩を揺らした
咄嗟に口を塞ぐも言ってしまったものはもう戻すことはできない
俺はため息をついた


「どうしてそう思うの?」

「三郎が…」

「鉢屋?」


予想外の人物の名前が出てきたことに思わず眉を潜める
鉢屋?どうして今鉢屋が出てくるの?


「三郎が最近おかしいんだ」


おかしい?あの鉢屋が?
いつもの事だろう、と言いかけたが雷蔵の顔があまりにも真剣だったから咄嗟にその言葉を飲み込んだ


「勘ちゃんなら何か知ってるかなと思って…僕…」

「雷蔵……」


いつも笑顔で暗い顔なんてしない雷蔵が見せた、今にも泣きだしそうな悲しい顔
その表情にこっちまで涙腺が緩みそうになる

雷蔵はいつも、三郎のことを支えていた
そのことはずっとそばにいた俺たちが一番よく知っている
雷蔵を助けたい、でも今の俺には…


「僕は、三郎の力になりたい」





今の、俺には……





「でもその前に、僕は勘ちゃんの力にもなりたいよ」


眩しいほどの雷蔵の笑顔

その言葉とその笑顔に、俺は胸の奥が大きく波打った

そうだ、俺は…自分のことしか考えてなかったんだ





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