小説

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たとえば俺が女だとしたら





たとえば俺が許嫁だとしたら





たとえば俺が彼だとしたら





俺は君と幸せになれたのだろうか


















妙に長く感じた桜の季節が終わりを告げ、名残惜しそうに桜が散っていた
世間一般ではこの光景は綺麗、とでも言うのだろうか

今の俺には儚げに散ってゆく桜が残酷にしか思えない

…そう、君と彼が付き合いだした頃からかな

















「俺たち、その…つ、付き合うことになったんだ…っ」

「……、え?」

「おおっ!」


食堂で兵助から出た言葉に、俺は耳を疑った
視界が真っ白になった気がした

今朝、兵助はいつもと違いどこかそわそわしていた
でも俺はそれに気をかけず、いつもと同じようにろ組の双忍コンビと生物委員会委員長代理の竹谷八左ヱ門と、他愛無い話しをしながら食堂に向かった



そこで兵助から出た言葉は衝撃的なものだった


「兵助、今なんて……」

「だから…その…はっちゃんと付き合うことに、なっ…て…」


たどたどしい口調で兵助が言った言葉は、頭の中でぐるぐると渦巻いて何度も何度もリピートされるようだった


「え、え!いつの間に!?」

「へー、やっとお互いに自覚したんだな」


雷蔵が興味深そうに体を乗り出して兵助と竹谷に好奇の目を向ける

それを三郎も雷蔵程ではないが新しい玩具を手にした赤子のように楽しそうに眺めている

まるで女子の様に頬を赤らめて恥ずかしそうに、でも嬉しげに話しをする彼に俺は泣きたい気持ちを抑え、ただ作った笑顔を向けることしかできなかった

それでも兵助が話しをする内に笑顔さえ作れなくなっていた。俯いて涙が溢れそうになったそのとき、


「…勘ちゃん?」

「……っ、」


兵助は眉を下げ不安そうな顔をこちらに向け、俺の名前を読んだ


「どうしたんだ?顔色が悪いけど……あっ、もしかして気分悪いとか?大丈夫か?」

「……うん、ちょっと気分悪いみたいだから医務室行ってみるよ、ごめんね」


ぐっと目に溜まった涙をばれないように拭い、自分の席から立ち上がり、殆ど手を付けていない定食を鉢屋に押し付けてふらふらとした足取りで食堂を出た


「勘ちゃん本当に気分悪そう…大丈夫かな…?」

「後で皆で医務室に行ってみる?勘ちゃんが気分悪いなんて珍しいよね…」

「だよなぁ、悪いモンでも食って腹壊したんじゃねぇか?」

「あははっはちじゃ有るまいし、それはないよ」

「……」


俺はあのとき知らなかったんだ…
心配してくれる四人の中で、鉢屋だけが俺の異変に気づいていたことを









長い長い廊下をひたすらに歩きながら、我慢していた涙はついに頬を伝ってぼろぼろとこぼれ落ちた

隣に見える空は綺麗な青色に光っている
そのときの俺にはただただ、手を伸ばしても届かないほど遠く、遠く感じた

だんだんと目を細め、眩しく光る太陽から目を閉ざそうとしたとき、狐の面を被り、後ろ髪をまるで動物の様に揺らしながらこちらに歩いて来る人物に気づいた


「何、泣いてるんだ?」

「…鉢屋には関係ないだろ」


"鉢屋"確かに俺はそう呼んだ
どうせ俺をからかいに来たんだろ、泣き顔を見られないように袖で顔を隠し、俯きながら鉢屋に言った


「私はただの狐だ。何処かの狸が泣いているように思えてな」

「…へぇ、それはどうも。心配でもしてくれるの?」


鉢屋は首を振ってその場に座り、微かに笑った
…まぁ面付けてるから笑ってるかどうか分からないんだけど


「私はただ、見に来ただけだ」

「随分と薄情な狐だね」

「…まだ、遅くはないんじゃないか?」

「……え?」


じゃあな、とあっさりした言葉を残して狐…もとい鉢屋は行ってしまった
俺は最後の台詞が引っ掛かっていた
"遅くはない"……?鉢屋は俺の何を知っているんだ?どうしてそんなことが言えるんだ?

ゆっくりと、でも確実に俺はその言葉の答えを探していた
















「はっちゃん!」

「おう、兵助どうした?」

「試作品の豆腐、食べてもらおうとおもって!」

「またかよ、豆腐の試作品食うの何回目だと思ってんだ…」

「良いじゃないか!今回の豆腐は豆にこだわってみたんだ、それから水もー……」

「はいはい、まったく仕方ねぇなぁ」


あれから数日後
今日も今日とて仲の良い二人を遠めで見つめていた

豆腐の試食は俺の役目だったのに、なんてつぶやきながら顔を机に突っ伏した
すると不意に頭をぽこんと軽く叩かれた


「んー?」


姿勢を起こすのが面倒で顔だけで後ろを向くと眉を寄せた鉢屋がいた。手には「忍たまの友」と書かれた教科書を丸めたものを持っている
どうやらあれで叩いたのだろう


「痛いよ、鉢屋」


ぶーぶーと子供の様に頬を膨らませ鉢屋を軽く睨む


「全然痛そうに見えないんだよ。勘右衛門、早く仕事しろ」

「仕事?学級委員長委員会に仕事なんてあったの?」

「学園長先生の突然の思いつきだとかで司会、進行をやることになった。それの確認と後は地図の作成だ」


ほら、さっさと立ち上がれ、と催促しながら片腕を引っ張る鉢屋に俺は体に力を入れて抵抗する


「お前…」

「今はしたくない」

「我が儘言うな」

「できない」

「勘右衛門。」


いつもとは違う低い声で名前を呼ばれ、ぞくりと背筋に冷たいものが走る

鉢屋は手で顔を覆い、盛大な溜め息を漏らした



「…もういい。お前は自室に戻れ。仕事は私がやる」

「鉢屋…」

「次の仕事ではいつもの倍やってもらう。いいな?」

「…うん、ありがとう」


これは鉢屋なりの優しさ
普通に言わないから誤解されやすいけど、鉢屋が優しいことは一番分かっているつもりだ















放課後の廊下、委員会があるため何処の学年もざわざわと賑わっている

それは五年生も例外ではなく、五年長屋の廊下も相変わらず騒がしい

カタ、と立て付けがいいとは言えない自室の障子に手をかけ、がらりと開ける

そこには既に部屋に戻った兵助の姿があった


「勘ちゃん、おかえり!」


にこっ、と効果音が聞こえそうな程明るい笑顔で兵助が出迎えてくれた

俺達以外には絶対に見せない表情だ
それはもちろん竹谷も例外ではなかった


「ただいま、兵助」

「勘ちゃん、あのねあのね、今日はっちゃんがっ」


こうして竹谷の話しを嬉しそうにする兵助を見るのももう日常になっていた


「ー……だったんだ!あ、後ね!今日は生物委員の手伝いもしたんだけど……ー」

「へぇ、そうなんだ。良かったね兵助」

「うんっ」



兵助と竹谷が一緒にいるのを見るのも慣れたし、



「今度、竹谷と町に買い物に行く約束したんだ」



兵助が照れくさそうに竹谷に微笑むのも見慣れたし、



「一緒に団子屋でお茶して、舞台見に行って…」



兵助が竹谷しか見なくなったのにも………ーー



「それから……、か、勘ちゃん!?」



俺の目からは止まることなく、冷たい涙が溢れていた


「……っ、なんで、」

「え……?」


「なんで、俺じゃ…っないん、だ…っ」







あぁ、俺は










こんなにも










兵助のことが好きだったんだ





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