★Gintama

□☆Nightingale
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金木犀が香る季節、それより尚強い咽ぶような血潮の匂いの色濃い中で。
私は自ら鳥籠に入ったーー。




「……小夜」

果てた後、あの人は必ず私の名を呼ぶ。
日常は愚か、交接うさなかにも私の名前を口にしない貴方が、横暴で恣意的な一時の後、その刹那だけ私を私と認めてくれる。

「何、でしょうか」

「いや……何でもねぇさ」

切れ切れの呼吸の下から返してみても、あっけない一言で切り捨てられるだけなのだけれど。

「またその内に呼ぶ」

私は黙って頷いて、無理矢理身体を布団から引き剥がす。
脱ぎ乱れた着物を手繰ると、先まで縛り付けられていた手首がチリリと痛んだ。
でも、今日はまだ良い方だ。
痣になる程きつく吸われた跡は衣服を纏って尚見えるような場所には付けられていなかったし、手首のそれは翌朝入る厨房の分厚いゴム手袋をつければ、容易に隠せてしまう。
視覚を奪われ、首に手をかける事さえある私にとって、これくらいどうということはなかった。

「では、私はこれで」

衣服を身に付け、襖の前で膝を折る。
手をつきながら声を掛けたけれど、あの人の瞳に私がもう映ってはいない事は分かっていた。

心理的にも、物理的にも。

障子窓を開け、真夜中の運河の湿り気を帯びた風に細められているだろう彼の目を、私が見ることはもう出来ない。
しどけない姿で出窓の淵に片肘をつき、行灯に横顔を照らされながら煙管を傾けるあの人はひどく艶かしくて。今しがたまで肌を触れ合わせていた事を誇るより早く、空恐ろしくさえなった。

人ならざる者。

そんな想いが頭を過る。

「……おやすみなさいませ」

振り切るように呟いて、頭を下げた。
そうして固有名詞で呼ばれる傀儡女から、私はただの、下働きの婢に戻る。

「おい」

「…はい」

けれど今宵は、いつもとは少しだけ違っていた。
部屋を辞そうとしていた私は、あの人の声に呼び止められた。

「お前、此処に来てどれくらいだ?」

「間も無く季節が一巡りするところでございます」

「そうか。なぁお前、この星が恋しくはないのか?」

戯れに、私を痛ぶろうとでもしているのだろうか。
私は疑問に捕らわれて、答えの言葉が寸の間遅れた。

ーー此処は地球。

私がちょうど一年前に、この船に乗ることを決めた星だ。
はいと答えたところで、一度手の内に握った者を彼が手放すとは思えなかったし、私の答えも決まっていた。

「いいえ。そのように思った事は一度もございません」

そう。この星に私の未練を促す物など、もう何もないーー。
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