★Gintama
□☆Nightingale
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「……また晋助様の夜伽っすか」
壁に手をつき歩いていると、正面から殺気立った声に呼び止められた。
「また子さん」
「気安く余分じゃねぇっす」
この淫売が。
顔を上げた私の目の前には、あの人の懐刀が一人、来島また子が立っていた。
床に唾を吐きかけて、憎悪の篭った双眸で私を睨む。
「申し訳ありません」
それしか返す言葉がなくて、私は深く頭を下げた。
辛辣な事を言ってもまた子さんは優しい。
そんな私を見た途端、黙り込んでしまう。
「……晋助様は……」
「……え?」
「晋助様は、アンタみたいに病んだ女が好きなんすよ。でもね、アンタ……」
言うか言うまいか。
逡巡の数秒を経て
「飽きられた瞬間に、消されるっすよ」
意を決した真剣な表情になって彼女は告げた。
「小夜。アンタはどんな雑用も熱心にこなす。そんなアンタをあたしは……悔しいけど結構買ってるんすよ」
でも。
「今まで晋助様の夜伽の相手に選ばれた女は、決まってある日突然船から消える。この意味……分かるっすよね?」
いつの間にかすぐ真近まで、また子さんは迫って来ていた。
そこにあるのは嫉妬ではない。
それをも凌ぐ情でもって、彼女が私を心配してくれているのがよく分かった。
掴まれた肩に痛い程の力が篭る。
私はそっと、その手を撫ぜる。
「……知っています」
弾かれたように、また子さんが面を上げた。
「はぁ?」
「知っています。私も曲がりなりにも一年間、この船で過ごさせて頂いたのですから」
晋助様の相手に選ばれた女は、誰もがごく短い内に消えて行った。
煙が掻き消えてしまうように。
きっとあの人の手にかけられて。
早くて半月、長くて三月。そうして私が夜伽相手に召し上げられてから、そろそろ三月が過ぎようとしていた。
だからだろう。
いつもは晋助様の部屋に向かう途中にすれ違っても、ムッツリ黙って私を無視していたまた子さんが、私を案じてこうして声をかけてくれたのは。
優しい彼女は真から私の身を案じて、待っていてくれたに違いない。
それでも。
「私はこれで良いのです」
長くて綺麗な指を静かに包んで、私は肩からその手を引き剥がす。
「何言ってるんすかアンタ!!」
激昂するまた子さんは、今にも泣き出しそうな頑是ない子どものようで
「死ぬんすよ?アンタ晋助様に殺されるんすよっ?!」
言ってから思わずといったように顔を顰めて口を覆った彼女を、私は芯から愛おしく思う。
こんな私を心配してくれる彼女は、「紅い弾丸」と恐れられる鬼兵隊の猛者にはとても見えなかった。
「良いのです、それでも。だって私はもう、とっくに死んだ身なのですから」
あの夜病院の裏庭で、恋人と見知らぬ子どもの屍の側で。
月明かりを背にしたあの人の隻眼に魅入られてしまった瞬間に、私の魂はあの人のものになった。
だからもう、私が自由に出来る生など残ってはいない。
鉄錆の匂いと、盛りを迎えた古木の金木犀が発する甘く濃い香りの中で、私は籠の中に自ら飛び込んだのだから。
一度入れば出られない。
それさえ本能で分かっていたというのに、躊躇いもせず。
私の命は消えたも同じ。晋助様の力加減一つで、籠の中の鳥はいつでも、簡単に握りつぶされてしまうのだ。
「それでも私は、あの人のお側にいたいのです。私は……いえ私も。晋助様をお慕いしていますから」
「小夜……」
「また子さん、心配してくださってありがとうございます。……おやすみなさい」
私は、私の名前を呼んだきり項垂れてしまったまた子さんに再び頭を下げると、逃げるようにその場を後にした。
また子さんが追ってくることは、もうなかった。
「……っあ……」