お題小説
□誰にでもスキだらけ
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ある日の昼下がり──
戦国時代にトリップしてしまった実弥は、武田信玄が治める甲斐にいた。最初こそは周りから変な目で見られていたが、今ではすっかり馴染んでいる。
今は信玄の部下に当たる、真田幸村が城主を務める上田城の縁側にて、幸村とお茶を啜っているところだ。
「実弥殿!また未来の話を聞かせていただきたい!!」
『またですかぁ〜?好きですねぇ、幸村さん』
「実弥殿、敬称は無しと、あれ程申したではないか!」
『うーん…。なんか、幸村さんって未来で結構有名だったし、お偉いさんだと思うとなかなかねー…』
「関係ないでござる!!某のことは敬称なしで接してくだされ!!!!」
『うわっ!分かった、分かったから耳元でいきなり大きな声を出さないで〜』
耳元を急いで塞いだが、少し遅かったみたいだ。耳がキンキンする様で、痛そうに顔を歪める。
すると、
「お茶のおかわりいるー?って、どうしたの実弥ちゃん。どっか痛むの?」
タイミングを計ったように、幸村の部下である猿飛佐助が天井裏から、片手に急須を持って実弥と幸村の側へ下り立つ。
『幸村さんがいきなり大きな声を耳元で出すから、耳がキンキンするの』
「も、申し訳ない…。だが佐助、実弥殿が某と敬称して接するのだ!」
『これが当たり前なんですよ。ね、佐助さん?』
「うーん…。実弥ちゃんの言い分が正しいっちゃー正しいけどさ、旦那がこう言ってるんだし、別にいいんじゃない?」
佐助は、持ってきた急須を傾け、二人の湯呑みにお茶を入れながらそう言った。
『むー…。佐助さんなら味方だと思ったのにー…』
「まぁまぁ、あんな旦那俺様初めてだし、許してあげてよ。実弥ちゃんと仲良くなりたいんだよ」
『そう言われちゃー仕方ないか。幸村さ…じゃなくて幸村、いいよ。これからは敬称なしで接する!』
実弥がそう言った瞬間、幸村は目を輝かせながらガバッと実弥の方に向く。
「本当でござるか!?嬉しいでござるぅぅぁああ!!」
『だーかーらー、耳元でいきなり大きな声出さないでってば』
幸村の我が儘が叶って、佐助はこっそり溜息をついた。
「(…旦那は自分で気付いてないみたいだけど、ホント実弥ちゃんのこと好きだよねー)」
そう思いながら、目の前の二人を見守る。楽しそうに会話しているのが見て分かる。幸村は嬉しそうだ。それを目の当たりにした佐助は、胸がチクッとした。
「(…旦那、悪いけど俺様は諦めるつもりないからね)」
密かに、佐助も実弥のことを好いていた。
最初は忍がこんなことではいけない、主である幸村の恋路を邪魔してはいけない、と思っていたが、一緒に暮らしているとそんな考えはなくなって、今は実弥のことを必死で追い掛けているのだ。
──しかし、実弥のことを追い掛けているのは二人だけではなかった。
「──Hey,honey!今日こそは奥州に連れて帰るぜ?」
戦国時代で流暢な英語が喋れる人物は、たった一人しかいない。
『げっ……』
「政宗殿!?何故ここに?」
「ちょっと、何堂々と侵入してるの!?」
奥州筆頭、伊達政宗である。
それぞれ反応を示すが、当の本人、政宗は実弥のことしか目に入ってない様子だった。
「Honey,こんなところにいないで、奥州に来い。いいところだぜ?なんてったって、この俺が治めてるんだからな」
『ナルシストのところになんか行きたくないんだけどー』
「Ha!今どきこれくらいじゃなきゃやっていけねぇーぜ」
『生憎、生きてる時代が違いますからー』
「同じようなモンだろ」
政宗は、実弥が未来から来たのを知っている。だから実弥が先の発言をしても驚かない。
「実弥殿は渡さないでござる!!」
「初なアンタに、何が出来るっていうんだ?」
「なっ!某は、某なりに実弥殿と楽しくしているのだ!!邪魔しないでいただきたい!!!!」
「Shut up!!実弥は俺のモノだ!!」
「政宗殿には絶対に渡さないでござる!!!!!!」
幸村と政宗は好敵手で、顔を会わせるとすぐに刃と刃が交わるのだ。
今も既に刀と槍とが交る戦いを広げている。
「はぁ…。旦那も竜の旦那も、いい加減にしてほしいね。特に、竜の旦那はここが敵地だってこと忘れてるよね」
『まぁ、仕方ないよねー。好敵手なんだもん』
「(自分の為に対決してるんだって、気付いてないんだ…)そ、そうだね」
二人が何故対決しているかなど、実弥には分からなかった。だが、明らかに実弥の為に二人は対決しているのだ。
そんな二人をただ呆然と見ていた佐助と実弥は、遠くから聞こえた声に現実に戻される。
「実弥〜!!いるかー!?」
『あっ!!今度は慶次だ!』
「また来客〜?今日は多いねぇ…ってかここ、皆からしたら敵地だと思うんだけど、何で堂々と入ってきてるの?」
佐助が言うように、今日の上田城には訪問者が多い。それも、招かざる客が。
政宗の次は風来坊の前田慶次が来たようだ。しかも──
「よぅ、実弥。元気にしてたか?」
「前田慶次!何故我がこのような敵地に来なければいけないのだ!!話が違うではないか」
四国を治める長曾我部元親と、中国を治める毛利元就を連れて。
『あれ?珍しい面子だね。どしたの?』
「いやぁー、急に実弥の顔が見たくなってさ、そんで元親を誘って、毛利も誘ったらついてきたってワケ」
「実弥、久しぶりだなー」
『そうだねー!今日も釣りしてきた?』
「おうよ。今日は鮪が釣れたなぁ」
『………マグロって釣るもんじゃないでしょ』
「ンなことねぇぞ?大抵釣れるもんだぞ?」
『Σ今までの常識をひっくり返すようなこと言わないでよ!?その釣竿どんだけ頑丈なの…』
実弥は、とても驚いていた。しかし、元親はそれが逆に不思議だったようだ。元親からすれば、それは当たり前なのだから。
「なぁ、実弥。今度京に来いよ。いろいろ案内してやるからさ!」
『えっ!本当!?』
「もちろんさ!」
「って、勝手に話を進めない!そんなの許されるワケないでしょー?実弥ちゃんにもしものことがあったらどうするの」
まるで、お母さんのように実弥の安否を心配する佐助に、慶次は大丈夫だと言い聞かせる。
「だーいじょうぶだって!実弥は俺がしっかり守るからさ」
『あ、けど…』
「ん?どうした?」
『どうせ京に行くなら幸村や佐助も連れていきたいなー』
「なっ!俺と二人は嫌かい?」
『嫌って言うか、ただたんに皆と行きたいし、慶次には心に決めた人がいるし、その人に悪いじゃない』
「実弥、その人はもういないんだ」
『知ってる。けど、忘れられない…そうでしょう?』
「っ!確かに忘れられないよ。けど俺は本気で実弥のこと──」
『ストーップ!!それ以上は言ってはいけません!その人が悲しむよ?』
真剣に告白をしようとした慶次を、実弥は急いで止めた。
実弥は知っているのだ。慶次がどれ程その人のことを好きで、忘れようにも忘れられないか。
しかし、慶次は確かに実弥に恋心を抱いているのだ。それを理解してもらえないため、思わず溜息をついた。
「……はぁ」
すると、周りから同情の目を向けられたのだった。
「(前田の旦那、御愁傷様…だね)」
「(け、慶次……)」
「……………フン」
一人を除いて。
「…………よ」
『うん?何、就様?』
「その呼び方やめんか!!」
『えー。気に入ってるのにー…』
「フン。貴様、命知らずだな」
『よく言われまーす』
「まぁそんなことはどうでもよい。我と中国へこないか?」
「元就!抜け駆けなんて卑怯だぞ!!」
いきなり元就からのお誘いに、実弥は目を瞬かせて驚いていた。それに反応したのは元親だった。
こちらもお互い(?)好敵手と思っていて、会うたびに反発しあっている。
今も、抜け駆けではない早く言った者勝ちだ、とか、それを抜け駆けって言うんだよ!!、と言い合いをしている。
実弥は暫らくして、ようやく口を動き始める。
『…珍しいね。今日は雨でも降るのかな?』
「ここにいるのも飽きただろうと思って言ってやっているのだ」
『素直じゃないねー』
「そういう意味で言ったのではない」
『そういうことにしておいてあげるよ。だけど、甲斐から出るつもりはないからね?
遊びには行ってあげれるかもしれないけどねー』
しかし実弥は、元就の言葉を却下した。
「マジかよ…。…っち。だったら実弥をオトすまでだ」
「(ふむ……)」
『Σ(お、落とす!?どっから突き落とすの!?てか、ついていかないだけで私落とされるの!?)』
「(実弥ちゃん…意味が違うと思う…)」
佐助が密かにツッコミをいれたが、聞こえるはずもなく、実弥は悶々と考えていた。
「(しっかしまぁ、皆から好かれてるようで…。俺様ってば前途多難?けど、恋に競争相手がいる方が燃えるよね?)」
一人気合いをいれる佐助。実弥のことをオトすのは、なかなかに難しいようである。
しかし、それをやってのけようとするものがここに六名いる。敵が多い方が良いなどとは、よく言うものである。
誰にでもスキだらけ
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