short story

□season
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 夏が、来た。
「…どうしたんですか?」
 いつの間にかソファで眠っていた俺を、彼女が見下ろしていた。
 手当てもしないまま放っておいた俺の右手を一瞥し、怪訝そうな表情で問う。
「手は、顔以上にあなたの武器でしょう?自覚して気をつけて下さいよ」
 俺と付き合っている女の中で、そんな事言うのはきっと帝人君くらいだと思うけれど。
 クッと喉で笑って、彼女の腕を引っ張り、ソファに引き倒す。今度は見下ろすのは俺の番だ。
「それは、こういう意味かなぁ?」
「…安静にしない様なら、ブルースクエア総動員してベッドに括りつけますよ?」
 俺は苦笑して溜め息を吐いた。
 さすがにこういう事も初めてではないので反応も淡泊だ。最初の頃の初々しい反応が懐かしい。
「…どうしてもしたいなら、僕がしてあげますけど?だから大人しくしてて下さいませんか?」
「珍しく積極的だねぇ」
「…積極的にもなりたくなる様な顔してるからでしょう?本当どうしたっていうんですか」
 手を、俺の頬にあてる。
 どんな顔を俺はしているというのだろう。彼女の目をのぞき込んでも上手く見えなかった。いや、本当は見たくなんかなかったからかもしれない。
「帝人君さぁ、どうして俺と付き合い続けているの?」
 ぽつり、と。
 それは口にするつもりのない呟きだった。けれどいつも胸の奥にわだかまっている呟きだった。
「付き合い始めた当初は、紀田君に代わる何かが欲しかったんだろう?…どうして今も付き合い続けているの?」
 紀田君を追うと、取り戻すと決めた今でも。
「そんな風に誤解されているならこの際はっきり言っときますが、僕は、臨也さんが好きでしたよ。あなたにお付き合いを提案されたあの時にはとっくに」
「嘘だろ」
 迷わず即座に言い切る。
「…自分が人好きする性格でない事を自覚している所は評価出来ますが…本当ですよ」
 …そういう事を言ってるんじゃない。
 色んな人間を観察してきた俺だから分かるのだ。
 この子は本来俺を…“折原臨也”を好きになる筈のない子だ。
 非日常を愛するその性質から言っても、俺達の相性から言っても。
 非日常は日常的になればそれはもはや非日常ではない。非日常は、それを愛する人間にとってはたまに味わうか遠くから眺めているのが一番賢く楽しめる娯楽だ。
 それを知る聡明さを有し、自分の望む事象の良い所取りをしようと目論む利己心にまっすぐ目を向けて自分を肯定出来るのが竜ヶ峰帝人だ。
 セルティや静ちゃんならともかく、“折原臨也”と深く関わったら都合良く非日常の良い所取りなんて出来る訳ない事を分かってた筈だし、“折原臨也”の様な人間を恋人にして非日常的な存在を日常にしてしまうデメリットもまた遠ざけたかった筈だ。
 “折原臨也”に好奇と興味と好意と憧憬を抱きはしても、親しくなりたくはなかったに違いない。
 基本的に、この子は保守的だから。
「臨也さんが甘楽さんだと知った時からですかね」
 一瞬何を言っているのかはかりかねたが、俺を好きになったきっかけを話しているのだと気づく。
「甘楽さんって空気を読んだ上であえて読まない方向に突っ走ってるだけで、実は人一倍読める人じゃないですか」
「…読めない人間よりも、それは性質悪いと思うけどね」
「ふふ。…その人は痛い人だって、チャットの仲間はみんな言ってますけど、その後に必ずって言っていい程付け加えるんですよ。…悪い人じゃないって」
 彼女は慈愛の込もった、…けれどどこか底の見えない井戸を連想させる目で俺を見上げた。
「チャット上の甘楽さんは、誰かを本当に傷つける様な事、言わないじゃないですか」
「俺はただ演技しているだけだよ。実際に会って、どれだけ俺と甘楽がかけ離れているか、付き合い始めたあの時は分かっていた癖に」
「でも、少なくともなりたくもない人間をわざわざ選んで演じる程、酔狂な趣味は持ってないでしょう?」
 にっこり笑って、小首を傾げる。
「良い人に憧れているなら、その人にはまだ救いがあると思いますけど」
 どうしてこの子は。
 誰かにとっては隠しておいた方が幸せな真実も、誰かにとっては自覚すらなかった厄介なものも、なんの躊躇いもなく見抜いて引きずり出す。
 時にそれがどんな歪んだ末路に繋がるか想像もしないで、子供が一度は蟻を潰して遊ぶ様に、ただ無邪気に。
 黒沼青葉。俺は君があまり好きではないが、今度会ったら忠告しよう。…早く逃げた方がいい。きっとダラーズは遠からず鮫一匹棲めない純水に成り果てる。
 でも俺は。
 俺は彼女に全体重を預け、八つ当たりじみた感情の向くまま力一杯抱きしめた。
 肩に食い込む俺の手は、彼女にとってきっと痛い筈なのにされるがままになってくれている。
 目を強くつぶり、彼女の肩に顔を埋めれば、瞼の裏に浮かんだのは白衣を着た十年来の友人の姿だった。
「ねぇ、帝人ちゃん」
「はい?」
「…俺が甘楽になる事がもうないとして、それでも側にいてくれないか?」
 ひとかけらの、良心とやらに憧れる気持ちを捨ててしまっても。
 この子さえ側にいてくれるのなら、俺は。溺れてしまったって構わない。
「二番目でもいい。…いや、世界中で一番俺の事が嫌いだっていい。…ずっと俺の恋人でいてくれないか?」


 そして俺は彼女が好きになった。



 補足。
 時系列はアニメを参照しています。原作ではダラーズと黄巾賊の抗争は来良組の進級直前でしたが、アニメは秋だった…様な?(曖昧なんかい)
 最近臨也さんの甘楽さんを見てないなぁと思ったのがきっかけで思いついた話でした。
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