short story

□season
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 冬が過ぎ、春が来て、ゴールデンウィークを一ヶ月過ぎた頃。
 俺達はまだ付き合っているし、例によって例の如く、俺と会う日彼女はどこへ出かけるでもなく俺のマンションに入り浸っている。
 変わった事といえば彼女の周囲が少しキナ臭くなり始めた事と、付き合いが悪くなり始めた事。
 ゴールデンウィーク(ついでに言えば俺の誕生日)に俺が刺されて病院から脱走してきた直後は駆けつけて数日泊まりがけで看病してくれたのだが、彼女と会うのはそれ以来だった。
 看病に来てくれただけ有り難いといえば有り難いが、まだ傷も塞がらない内に何やら忙しげに去っていって約一ヶ月放置されては恋人たる俺は少しばかり面白くない訳で。
 まぁ、彼女の周辺の状況を彼女本人が話さない事まで大体把握しているからこそ尚更不満なのだろうが。
「黒沼青葉と付き合ってるんだって?」
 一拍間をおいて、俺と同じ様に淡々と彼女は応える。
「えぇ、まぁ」
「往来でキスとか、あんま褒められた事じゃないと思うけれどねえ」
「僕だって不本意です。…ああいう場所でそういう事するのは控えて欲しいって言ってあるんですけど」
 仕事でパソコンに向かいながら、帝人君に悟られぬ様に横目で彼女の表情を窺い、言葉に嘘が含まれていないか吟味する。彼女はソファの上で携帯に目を落とし、無表情に何かを打っている。
 黒沼青葉との目撃情報を耳に挟んだ時には今まで何人かの恋人が俺に対して画策したように、帝人君が俺にヤキモチを妬かせようとでもしてるのかと思ったのだが。
 …表情も声のトーンも淡泊過ぎる。さっさと話題を切り替えたいと言外に訴えている感じすら受ける。
 つまり彼女の言葉はほぼ間違いなく嘘ではないという事で、それは黒沼青葉と付き合っており、それを彼女自身は俺に当てつけるつもりとかではなかった事を意味する。半ば予想していた事でもあったが。
 当てつけたがったのはむしろ黒沼青葉の方なのだろう。あのクソガキの事だ。おそらく、俺の耳に入る事を計算して往来でキスなんて真似をやったに違いない。
「どうしてかなぁ?俺に何か不満な点があったかい?」
 からかう様な声音で問いかける。
 俺だって未だに複数恋人がいる身だ。彼女を責める気はない。…まぁ彼女の相手が若干不服ではあるが、人の好みは人それぞれだ。
 聞いたのはただ好奇心をそそられただけで、それ以上の意味はない。
 帝人君は携帯からようやく目を上げ、俺の方を見る。
「…以前臨也さんが言ってたんじゃないですか。限られた時間で自分に一番適したパートナーを探そうと思うなら、色んな人間と付き合う方が効率的だって」
「俺はあのガキより雄として劣っているとは思わないけどな。どうせだったら俺と同等かそれ以上と付き合いなよ」
「…一高校生である僕にそんな人と出会える伝手なんかないですよ。それに大器晩成って言葉もありますよ?」
「今現在で女の子といるより男友達と馬鹿やってる方が楽しそうな童貞君がいつか俺を越えるとでも?俺が高校生の頃はそれはもう凄かったよ?」
「青葉君には協調性と人望があるって事じゃないですか。それは臨也さんには無い魅力でしょう?第一、臨也さんが僕をパートナーに選んでくれる保証なんかない以上、僕だって二番手三番手をキープしておくのは決して愚策ではないと思うんですけど」
 話しながらも見事な指さばきで携帯をいじっていた彼女は、やがてパタンと携帯を閉じ、溜め息を吐いた。
「ま、そんなのは後付けの理由で、雰囲気に流されたっていうのが一番の理由なんですけど」
 帝人君が流され、黒沼とお付き合いに至ったのはどんな雰囲気だったのか。
 それは当人二人にしか分からない事だろうが、想像するだけで胸がムカついた。
「…臨也さんがお気づきかどうかは知りませんが」
「何?」
「さっきから目が全然笑ってませんよ」



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