short story

□一つの始まり、一つの終わり
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あの日から数週間が経過し、梅雨も明け。
俺と帝人ちゃんは晴れて恋人同士になった。
どういう経緯でそんな事になったかを軽く説明させて頂こう。
俺が恋に落ちた翌日。
まず、初めましてと会ったその日にキスして、大勢の目の前で告白した。
我ながら疾風迅雷とは正にこの事だ。
通常は長年の人間観察で培った手練手管で思いのまま、突っついたり甘やかしたり、かと思えば突き放したりして反応を楽しみつつ、搦め手でじわじわ長々とやらしく籠絡していくのが俺の得意技なのだが。
そんな普段の俺と、帝人ちゃんを落とした時の俺は客観的に見て同一人物とは思えないくらいの早業だった。
ま、別人に思って貰うぐらいがちょうど良いという計算もあった。
俺は来神高校内では結構な有名人であり、女泣かせの悪名もある事ない事囁かれている。
つまり普段俺がやってるやり方や、普段の俺がやりそうなやり方で彼女に近付いたら遊びだと勘違いされる恐れがある訳だ。
だから、来神高校内で囁かれている“折原臨也”像をぶち壊してでも、こっちの本気度を分かって貰う必要があった。
…まぁ、がっついてたのも焦ってたのも有るけど。俺も若いから。
そしてその後は初心でガードの固い彼女を優しい言葉で惑わし、そして隙あらば既成事実を狙…まぁ、これの詳細は言わぬが花か。
押して押して押しまくった。一回たりとも引かなかった。
見るからに押しに弱いであろう彼女の良心につけ込んででも、彼女を手に入れたかった。
そんなこんなでやっと“お付き合い”にこぎつけたのが昨日の事だ。


そして今日。
昼休みの廊下のど真ん中。
「だからっ、覚えてないって言ってるじゃないですか!」
付き合い始めたばかりで蜜月期間と言える筈の俺達は喧嘩とまではいかずともちょっとした口論となっていた。
理由は簡単。
ほんの数分前まで、どういういきさつかは知らないが園原さんと紀田君と…シズちゃんという組み合わせで帝人ちゃんが楽しく談笑していた所を無理矢理手を引いてかっさらって来てしまったからだ。
俺は悪くないと主張する。
『折原先輩は僕が男の人と話すだけで浮気を疑うんですか?酷いです!僕ってそんなに信用ないんですか!?』
などと俺が何も知らないと思ってしゃあしゃあと言ってのけた帝人ちゃんが悪いのだ。
売り言葉に買い言葉。俺は言ってしまった。
『だって帝人ちゃんはシズちゃんの事好きだったんだろ!?今は俺と付き合ってるのにそんなにシズちゃんと喋りたい!?未練がましいなぁ!!』
そして、俺が一目惚れするに至ったあの雨の日の経緯を洗いざらいぶちまけ、今に至る訳だ。
先程も言った通り、俺は押しに押した。甘い言葉も尽くした。
それは恋愛経験値0に等しい帝人ちゃんにはひとたまりもなかっただろう。
数週間で心変わりしたとして、誰が彼女を責められよう。
けれど帝人ちゃんは言い張るのだ。

彼女は入学当初から俺の事が好きだったのだと。

…それが本当だったら嬉しいが、生憎俺は自分の観察眼の優秀さを信じているのだ。
彼女が今もシズちゃんに未練があるとは実はそれ程心配してない。聞けばろくに喋った事もない間柄だったらしいから、憧れの様なものだったのだろう。
けれど。
何もなかったのならせめて俺を不安がらせない様にとか、俺とシズちゃんの仲の悪さを知ってるから不快な思いをさせたくないとか。
そんな彼女なりの優しさから来ているのだとしても、嘘なんか吐かれたくないのだ。
「今だったら怒らないから。自分の中にやましい気持ちがあった事を認めて今後シズちゃんに不用意に近付かないでくれれば俺だって快く許すから!」
「…もし本当にその時の僕が恋する瞳をしていたっていうんなら、それは折原先輩の事を考えてたんですよ」
「意味が分からないなー。帝人ちゃんはシズちゃんを見ると俺を思い出すわけ?俺がトムならシズちゃんはジェリー?俺がハンバーガーならシズちゃんはポテト?」
言い訳だとしたらあまりに苦しいよ?という意味を言外に含めて俺は唇を尖らせる。
が、
「あー、そんな感じ」
「まぁ、思い出すよな」
「思い出しますよね?」
上から新羅(通りすがり)、ドタチン(通りすがり)、帝人ちゃんだ。
通りすがりで人の会話に入ってくるな、帝人ちゃんも当然の如く応じるな…!
「うーん…、折原先輩が告白してきた前日に僕が何を思って平和島先輩を見ていたかなんてそんな何週間も前の事…ぁ、」
新羅とドタチンをしっしと追い払って帝人ちゃんの方に目を向ける。
彼女は目を見開き、顔を真っ赤にして、手の平で口を押さえていた。
「…何か、思い出したね?」
帝人ちゃんははっと俺を見上げると「え、あ、う…」と真っ赤な顔のままあちこち視線をさまよわせていたが、次の瞬間きゅっと唇を一文字に結ぶとしっかりと俺を見据えた。
「…もし、ちゃんとその時の事を嘘いつわりなく説明出来たら、今後疑わないで頂けますか?」
「約束しよう」
請け負うと帝人ちゃんはしぶしぶ口を開いた。



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