short story
□Place
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「早いものだなぁ」
あれから一年。
時刻は早朝六時。正臣の発案で沙樹さんと園原さんと卒業旅行に行く事になった僕はあくびをかみ殺しつつ駅までの道のりを歩いていた。
旅行先をどこにするか、という話し合いで彼らは一様に『東京以外ならどこでも』と言った。
東京は彼らにとっても因縁のある場所だからそう言う気持ちも分からなくはないけれど、彼らがそう言ったのは多分、僕の為なのだろう。
あれから一年経った今も、あの三人は僕と臨也さんの接触を恐れているらしい。
臨也さんのあの時の一方的な約束の事を話したら、きっと僕には24時間体制で見張りがつくに違いない。
…でも、多分どことなく感づいているんだろうな。僕が進学も就職も選択しなかった理由を、あの三人は深くは聞かなかったから。
僕って友達甲斐のない人間だなぁ…。
期待は…そりゃしてる。
でも迎えに来てくれなくたって、きっとそんなに落胆もしない。自分でも馬鹿な女だと思うけれど。
来るもの拒まず去るもの追わず。風の向くまま興味の向くまま。傍若無人に人格や人間関係をかき乱し、観察が終わったらそれでポイ。済んでしまった事にはかけらの興味も示さず次のステージへ。…だってあの人は、“折原臨也”なのだから。そんな人がもうダラーズとは無関係の“竜ヶ峰帝人”を迎えに来る理由なんか、本来ない。
だから期待はしていても、信じてはいないのだ。
…っていうか、迎えに来ない理由がそれが一番マシってだけなのだけれど。
だってもし迎えに来なかったとして、それって実際の所臨也さんが僕との約束どころかあの夜僕と会った事さえ忘れている可能性が一番高そうなのだけど。あの人相当酔ってたし。
進学も就職も蹴って、この恋が叶わない理由がもしそんな理由ならあまりに下らな過ぎる。
“折原臨也”が“折原臨也”故に僕の事なんか切り捨てたのなら、まだ格好がつくってものだ。
…振られた理由が『相手が酷い人間だから』の方がマシだなんて、僕もつくづく厄介な人を好きになってしまったものだ。
…でも、それは杞憂に終わりそうだ。
時刻は早朝六時。ここは東京とは違う。車も人影も皆無に等しい。実際家を出てからここまで、誰ともすれ違わなかった。
なのに。
前から歩いてくる見覚えのある黒い人影に目を凝らす。彼は僕の姿を認めると片手を上げた。
卒業旅行には行けそうもないと、僕は友人三人に心の中で謝罪した。
「…約束、もしかしたら忘れちゃってるんじゃないかと思っていました」
「…約束って、何?」
「………………………」
「……………………?」
本気で怪訝そうに首傾げてやがる。
やっぱり忘れてやがった。
全力で殴りたい。
「…じゃあ、何しに来たんですか?」
頭が痛くなってこめかみに指を添えてうつむく。
「スカウトしに来た」
「え?」
顔を上げた僕に、臨也さんはにっこり笑いかけた。
「誠二君が卒業を機に池袋を出るってんで、波江さんに辞表をつきつけられたんだ」
ピッと人差し指を一本立てる。
「定員一名。俺の格好悪い姿を見ても幻滅しないでいざとなったら手に手を取って俺と逃げてくれる。今は俺の事が好きじゃなくたって構わない。でもいつかきっと俺の事を好きになってくれる。そんな気心の知れた優秀な秘書を募集してる。どう?」
懐かしい、何もかもが冗談みたいな軽い調子。でも少しあの頃とは違う。
自身がどんなに絶体絶命の時だって必ず身に纏っていた自信と余裕が、今はどことなく嘘くさい。…不安、なのだろうか?
「少し、“折原臨也”じゃなくなりましたか?」
「…え?何が?」
違う。少し変わったのだ。“折原臨也”は。
『“折原臨也”のまま、きっと俺は君の居場所をつくって迎えにいく』
あの日の彼の言葉を思い出す。
自惚れじゃないのなら、彼の変化はきっと僕の為なのだろう。ならば、
「仕方ありませんね、責任取ってあげましょう」
その代わり一発殴らせて下さい、と僕は就職条件を突き付けた。
fin.