short story

□Place
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 僕はやけっぱちに大きく息を吐く。
「そうですね。要はそうなんでしょう。僕はここにけじめをつけに来ました。それはあなたを誰とでも共有可能な思い出にしてあなたを…僕の中から捨てるつもりだったんでしょう。…でも、僕の事なんかどうでもいいのはあなたの方でしょう?」
 最初に捨てたのは、この人の方の癖に。
「使い捨てた駒さえ未だ自分の所有物なんだとか言い出したら殴りますよ」
「…別に酔っぱらってるけど冗談とか軽い気持ちで言ってる訳じゃないよ」
 ずっ、と鼻を啜って、神妙な顔になり涙が止まる。
「俺はさ、血が繋がっているという以上に九瑠璃と舞流の兄貴なんだよ」
 話が大きくそれた気がするけれど、きっと臨也さんの中では繋がっている話なのだろう。暫く聞く事にする。
 臨也さんの妹である彼女達の事は僕も知っている。最初に会ったのは一年近く前の四月で、あの時は臨也さんの妹だなんて思いもしなかったけれど。
 臨也さんいわく、くじ引きで自分たちの性格を…人格を決めた姉妹。
「というか、あの双子は俺の本質を漠然と感じ取っていたから自分達も真似したのかもしれないけど」
「…と、言うと?」
「俺は人と比べて感情にどこか欠けてるところがあるってのはガキの頃から気づいてて。ならばと開き直ってこういうひとでなしの人生を歩いていこう、…なんて決めたのはいつ頃だったか覚えてないけれど」
「…普通、その欠けている部分を補う努力をするもんじゃないですか。何開き直ってんですか」
 それが今の折原臨也に繋がってるのなら傍迷惑極まりない。
「えー?他人には見れない景色を、他人には量れない価値観で見る事が俺には可能ならば、好奇心の赴くままその道を進みたくなるのは人情ってものだろう?」
 …もういい。つっこまない。
「より人の深部へ潜り込み、より巧みに暴ける様に。経験を積み、試行錯誤を重ね、その人生を歩むに相応しい人格を俺は俺の中につくり上げた」
 それが“折原臨也”。確かに、存在自体が悪い冗談みたいな、つくりものめいた所のある人だとは思っていたけど。
 本当につくりもの、だったのか。
「…覚悟が人格そのものだ、と」
「覚悟とかそんな大それたもんじゃないよ。“設定”したんだ。別に“設定”自体は何ら特別な事じゃない筈だよ。誰でも…君だって無自覚にしている事だ」
「…僕が?」
「人は他人との摩擦で“自分”を形成する。長く付き合った人間の口癖が伝染ったり、価値観を共有したり、誰かを理想としたり、逆に反面教師にしたり、他人と接して自分を無意識に“設定”していく。大概の人は今まで出会ってきた他人達のコピーアンドペーストの集合体を、皆何の疑いもなく“自分”だと信じて疑っていないけれど」
 けれどウチの三兄妹は傍若無人に自分のなりたい自分を自分だけで決めた。悲しいかな、その事に自覚だってある。
 だからなのだろうか。時折齟齬が生じるのは。
 いつもは多くの人々と同じで、”折原臨也”イコール俺で、設定の自覚がないまま俺は”折原臨也”なのだ。
 折原臨也はこういう状況を好む筈である。
 折原臨也はこういう時、こう言うだろう。
 それを考えるまでもなく息をする様に実行出来る。
 けれどたまに”折原臨也”なら思わない様な事を思ったり、“折原臨也”ならやらない様な事をやる俺が、あぶくの様に浮かんで感情を露出する。
 臨也さんはそう語った。
「そして今、“折原臨也”らしからぬ俺は、君がこの町を離れて、君が俺という人間を君の人生から切り離す覚悟をした事がたまらなく悲しいんだよ」
 また新たにあふれ出した涙を拭って、臨也さんはきっ、と僕を見つめた。
「君の事が、好きなんだ」
 とても。
 とても不本意で、不愉快な告白だった。
 口がわななく。目頭が熱くなる。
「…今はそう言ってくれるあなたは、明日目が覚めたら疑いの余地なく誰がなんと言おうと“折原臨也”なんじゃないですか?」
 利用価値や観察甲斐のないものには、かけらの興味も示さない。
「…ならば、竜ヶ峰帝人はあなたにとって不要の筈です。折原臨也の近くに、竜ヶ峰帝人の居場所はありません」
「…ひどいなぁ」
「…酷いのはどっちですか」
 最後の最後に、この人のこんなに格好悪くて女々しい姿を見せつけられて。身勝手に…好きだなどと言われて。
「百年の恋が冷めてもおかしくないこの状況で、僕の恋心は全く揺らがないんです…っ」
 ようやく、僕は泣く事が出来た。
 けれど失恋の涙じゃない。…これは失えない事に気づいてしまった涙だ。
「僕はきちんと失恋しに来たのに、“好きでした”って過去形にするつもりだったのに、こんなにもあなたが好きな自分を自覚なんかしたくなかったんですよ…っ」
 本当にこの男は、どこまでいっても酷い男だ。
 僕はこれ以上道を誤る気はない。明日になったらこの町を出て、友人達とやり直すのだから。
 幼い僕の身勝手な理屈でたくさん傷つけ、それでもこんな僕を見放さなかった彼らを捨てる訳にはいかないのだ。
 帰ります、さようなら。
 言って僕は立ち上がって臨也さんに背を向けた。
「俺、諦める気ないから」
 後ろで臨也さんの声がする。
「“折原臨也”のまま、きっと俺は君の居場所をつくって迎えにいく」



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