short story

□Place
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 …はっきり言って僕は今日ここに来た事を色んな意味で後悔していた。
 今日ここに来て、告白して、嘲られたり、想いをからかわれたりされて傷つく覚悟くらいしていたのだ。何てったって僕は折原臨也に告白しに来たのだから。だからそれぐらいじゃ後悔なんてしない。
 でも、
「…うっ、ぐす、ひっく」
 …僕が告白する事によって折原臨也が、…いや、一回り近く年上の男の人が泣き出すなんて思ってもみなかったのだ。
「…もういい加減に泣きやんで下さいよ」
 自宅の玄関が目の前にあるのだから中に入ればいいのに、臨也さんは壁にもたれて座り込んでぼたぼたという擬音がぴったり合う泣き方で泣いている。
 僕も帰るに帰れず彼の隣に座り込んでかれこれもう三十分だ。
 そういえば前にこのフロア丸々臨也さんの持ち物だって聞いた事があったな。良かった、他の住人の方に出くわしたら何事かと思われていただろう。
 横目で臨也さんを見る。
 泣き伏していても美しいなんて美形は得だ。
 …ていうか腹立つ。失恋で涙を流すのは僕の方だった筈なのに。
「…何そのうんざり顔。君は自分が俺にした事を分かってるの!?」
 今わかった。この人顔に出てないだけでしたたか酔ってる。しかも絡み上戸って奴だ。
「えーと、思い出し笑いならぬ思いだし泣きって訳じゃないんですよね?…やっぱり僕が関係あるんですか?」
 ああ、これで『何か知らないけれど臨也さんは突発的に泣きたくなっただけで僕って無関係なんじゃ…?』という希望的観測ははかなく散ってしまった。
「そうだよ!だって君、俺がなんっにも知らないと思ってない!?」
「な、何がですか?」
「…明日、君は紀田君や沙樹や杏里ちゃんを連れて地元に帰るんだろう?」
 …驚いた。
「あの戦争以来、臨也さんはチャットルームにも顔を見せなくなったから、てっきり僕らへの興味なんて失せたと思ってました」
 正臣と沙樹さんは「俺達は場所にこだわるつもりはないし、不本意ながらあいつを手伝っていた時に十分過ぎる額の給料を貰ってたから貯金もある。一緒に行くよ」と言ってくれた。
 園原さんは「私もあの一件で池袋には居づらくなりました。父母の遺してくれたまとまった額のお金があるんです。また皆で笑って過ごしたいんだって言ったら両親もそのお金を使うのを許してくれる筈です」と言ってついて来てくれる。赤林さんも協力を惜しまないらしい。
 …僕は、恵まれてる。もう道を誤る訳にはいかないのだ。
「それがどうして臨也さんが泣く理由になるんです?」
「だって…、君はもう二度と俺の住むこの町に帰ってくるつもりないんだろう?君俺を“初恋の人”っていう、概念の一種にするつもりなんだろう?」
「え?」
「だから!数年後大学の飲み会とかで恋愛経験や初恋の体験談を聞かれて「あの頃って同い年の男子が子供に思えて年上の人に憧れちゃったりするんですよね〜」とか言って、「あぁ、そういう気持ちってわかるぅ」とか「それで昔酷い目に遭って、顔はまぁまぁだったけど性格最悪の男に引っかかっちゃったんですよぉ」とか「誰にだってそういう事あるわぁ、若気の至りって奴よね〜」とか、そういう誰とでも共有可能な“初恋相手”っていう概念の一種にして君の中から俺を捨てる気なんだろう!?」
 口先から生まれたかに思えるこの人にしては今いち要領を得ない説明だけれど、あとネカマ歴が長いせいか女言葉が妙に堂に入ってるのが気になって半分くらい頭に入らなかったけれど、まぁ言わんとしている事はなんとなく分かる。
 …っていうか臨也さんて自分の顔の認識“まぁまぁ”なんだ…。ナルシストより性質悪いっていうか、一部の男子のやっかみを天然で買いそうだなこの人。



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