short story

□season
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 ある秋晴れの日。
「これはこれは」
 池袋の道で偶然出会った竜ヶ峰帝人はそんな風に話しかけてきた。目にはどことなく面白がる様な色が浮かんでいる。
「臨也さんの数少ない美点である所のお顔が大変な事になってますね」
 …訂正。面白がる様な、じゃなく完全に面白がっている。
 ちなみに、鏡は見てないけれど現在俺の顔の左頬にはくっきり紅葉型の跡がついている事が推測される。
 右利きの人間が平手で俺の頬を殴った事など今の俺の顔を見れば小学生程度の推理力でも簡単に分かるだろう。
「随分引っかかる物言いをしてくれるねぇ」
「そりゃ、臨也さんがそんな風に殴られた理由を大体推測出来るからですよ。相手は多分女の人で、しかも恋人で、わざと傷つける様な事言って別れ話を切り出したか、浮気でもバレたんでしょう?」
 推測という割に証拠も判断要素もないのにいやに確定的だ。…まぁ、男同士の喧嘩で平手を使う場面は殆どないからこの時点で俺を殴ったのは女性だと判断し、尚且つ“折原臨也”が女性に殴られる機会といえば恋愛関係のもつれが一番現実的な訳で。
 それを踏まえて考えれば、推理と呼べなくもないけれど。ただしこの推理を組み立てるには“折原臨也”の人となりを深く理解している必要がある。
「うーん、浮気のつもりじゃなかったんだけどね。ま、俺には君以外にも恋人がいるんだなんてわざわざ明言した事もないけれど」
「立派に浮気じゃないですか。…しかも、どうせわざと殴られて相手の反応を楽しんだんでしょう?最低です」
 半眼で見つめてくる彼女に、ふっと息を吐いて肩をすくめる。
「どうして皆わからないんだろうね?限られた時間で自分に一番適したパートナーを探そうと思うなら、同時期に色んな人間と付き合う方が効率的なのに。俺は彼女達だって俺以外の恋人をつくるべきだと思ってるんだ」
「繁殖の効率を優先した生き方をする野生動物みたいな思考ですね」
 にっこり笑って言う事は辛辣だ。嘘くさい笑みだが、結構この子のこういう所は好きだ。“嘘くさい”はイコール“隠す気のない嘘”な訳で、彼女のこういう態度はこちらに素直に感情を向けてくれている証拠なのだから。
 弟以外の事柄に関して淡泊で機械めいていると言って良い秘書を日常的に相手にし慣れていれば尚更。
 …それを考えれば少し紀田君に嫉妬しなくもない。
「でさ、そんな俺と付き合わない?竜ヶ峰帝人君。君曰く、俺の野生動物みたいな思考を踏まえた上で」
 そう切り出したその日は、帝人君にとって保護者の紀田君がいなくなってからまだ二週間と経っていなかった。彼女が乗ってくるか、俺との関係を拒絶するか、賭けは五分五分だった。
 けれど。
 一連のダラーズと黄巾賊の抗争勃発寸前の小競り合いの収束。それと同時に姿を消した紀田正臣。彼女にとっては晴天の霹靂であっただろう様々な出来事から二週間が経った今現在。
 帝人君の中に彼の失踪当初の混乱と動揺をとりあえず保留にするだけの心の余裕は出来、けれど未だあらゆる物事や問題に対して冷静な判断が出来る程じゃなく、無意識の内に心に出来た穴を埋める何かを探している。
 その日は竜ヶ峰帝人と出会ってから今日まで、一番彼女が俺の誘いに乗る確率が高いタイミングと言えた。



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