short story

□Place
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 二年という月日は、片思いの期間としては長いのだろうか短いのだろうか。
「あれー、帝人君?」
 座り込んで少しうとうとしていた僕に、臨也さんはあまりに何の気負いもなく話しかけてきた。
 青くて赤くて黄色かった戦争が終結し、あれは結局透明を装った黒に蹂躙されていただけに過ぎなかった事を僕はもう知っている。
 僕に刺されてもおかしくない程の理由が、臨也さんにはある。深夜の自分の自宅兼事務所の前に僕が座り込んでいるという光景を前に、不穏なものを感じないのだろうか。
 それともそんな事想定した上で、僕などどうとでもあしらえると思っているのだろうか。…まぁ、悔しい事に実際赤子の手をひねる様にあしらえるんだろう。
 僕は立ち上がり、目の前の臨也さんに「こんばんは」と告げようと息を吸い込んだ途端、そんな挨拶の言葉はどこかに行ってしまった。思わず顔の下半分を手で覆う。
「…頭からアルコールをぶっ被った様なにおいがするんですけど、ぶっ被ったんですか?」
「え?そんなにおう?取引先の人が飲み比べで勝ったら奢ってくれるなんていうからついついはりきっちゃって」
 言って、へらりと笑う。
 どんだけ飲んだんだ。その口ぶりでは奢らせたに違いない。
 お酒など飲んだ事はないが、これだけのにおいをさせて千鳥足にもならず、呂律が回ってないなんて事もなく、顔も赤くなってないなんていう目の前の男の現状が異常だという事ぐらいはわかる。
「取引先、ね。また何か悪巧みをしてるんですか?」
「えー、秘密。ま、今は種蒔き段階ってとこかな。物になるかどうかは俺の手腕と興味次第?」
「…そうですか」
 あの戦争の終結から、まだ一ヶ月と経ってない、のに。
 あれだけの事があってもこの人は変わらず笑う。済んでしまった事にはかけらの興味も示さず次のステージへ。
 この人にとっては非日常なんてものは存在せず、何もかもが日常なのだ。
 僕が今から告げようとしている想いすらきっと、記憶に留める必要のない瑣末な事で、言ったそばから忘れてしまうのかもしれない。
 そう思ったら、此処に来てまで未だぐずぐず躊躇っていた気持ちが吹っ切れた。
「この先僕は、青春とか初恋とか、そういう言葉を聞くたびきっと臨也さんを思い出すんでしょうね。忌ま忌ましい事に」
 そう言った僕を、臨也さんはあどけないとも表現できるきょとんとした目で見つめた。
「あなたの事が、好きでした」


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