★中・短編★

□アニー・ローリー
2ページ/4ページ

「…お前。俺がこんな楽しい発見を、誰かに話すとでも?」
「…そうでしたね」
 この人は、人で遊んで来る事があるのだ。どうも格好の口実を与えてしまっているらしい。
 気まずさと恥ずかしさが同居しているような情けない思いで、俺はもう一口タイヤキを口にした。
 あんこの甘さが妙にうまかった。
 しばらく無言でタイヤキを頬張る俺を、先輩も無言で見ている。
 そこにあるのはある種の微笑ましさだ。気恥ずかしかったが、これはもう、小さい頃を知っている年長者の特権だろう。実際、適わないのだ。先輩には。

 最後の一つを綺麗に平らげて、紙袋をぐしゃりとつぶすと数メートル先のごみ箱へ放り投げる。
それは綺麗な放物線を描いて、難なく箱の網の中に納まった。倉橋がひゅうと口笛を吹く。
「ナイスコントロール!」
「それより、俺になんか用ですか?」
 多分にからかいが混ざっている賛辞に照れるほど純粋ではない俺は、軽く先輩を睨み付けた。
おお恐いと肩を竦めて見せて、先輩は「まぁ、歩こうや」と駅までの道程を親指で示してみせる。
 断る理由もないので、俺は先輩と肩を並べる事にした。


 ――――――――――


 駅までのそう長くない道を、しばらくは無言で歩いていた俺に、いきなり先輩が歩を進めながら話し掛けてきた。
「で?」
「え?」
「久しぶりの対戦だったんだろ? どうだったよ」
 どことなく面白がるような視線だ。
 何だかそれが、妙にしゃくに触った。
「どうって…」
「投手として、決着付けたかったんだろう?」
「…途中から、忘れてましたよ」
 正確には少し違う。
 何が何でも!と勝ちに意気ごむあまり周囲が見えていなかったのが、勝敗より勝負を楽しむ気持ちに変わっただけで。
「そう言う倉橋さんこそ、どうなんですか?」
「うん?」
「谷口と対戦してみて」
「…そうだな」
 俺の言葉にちょっと考えこんだ先輩は、その顔を正面に向けて、
「面白かったよ。」
「…」
「あんなふうに真剣にやる面白い野球を、あの野球部で出来るとは思っていなかったからな」
 苦笑しながら宙を見つめるその視界に映るのは、彼が入部して間もない頃の、かつての墨高野球部。
 それは倉橋がたった三日で退部してしまうくらい、やる気も締まりも全くない、ただ同好会の延長線のような野球部だ。
 谷口の知らない墨高野球部でもある。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ