★中・短編★

□熾火
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「なんだあの野球部っ! 冗談じゃないぜっ!」
 言うなり、手にしたモノを腹立たし気に思いっきり投げ付ける。畳に叩きつけられた鞄の悲鳴に驚いて、隣室から小さな頭がこちらを覗き込んで来た。
「…にいちゃん?」
 途端、帰ってきた怒りよりも憎しみに近い眼光に、ひえっと小さく呟いてその影は頭を引っ込める。
その様子にますます苛立ちが増して、彼は思わず舌打ちをした。
そのイライラはなかなか納まらず、夕食時に母親に「機嫌が悪いね。どうしたの」と声をかけられても無視を決め込んだ程。
 これは触らぬ神に祟りなしだなと、慎二は布団をこっそり兄の傍から引き離しておいた。
 その夜。
独り言なのか寝言なのか、文句とも愚痴ともつかない事を暫らくぶつぶつ言ってたのが、急に静かになった。
「兄ちゃん…?」
 呼び掛けに、寝息が返る。見れば掛け布団が静かに上下している。それを確認して、慎二はゆっくりと上半身を起こし、兄の寝顔を見る。
(又、苦労してそうだなぁ…)
 野球に関しては妥協を一切しない兄は、その物怖じしない性格と物言いで度々トラブルを巻き起こす。
それを知っているだけに、慎二の心境も複雑だ。
(…初日からこれじゃあ、先が思いやられるよ)
 明日からの兄の機嫌は、たぶん悪化の一途だろうと思うと、ため息が出た。
「…寝よ。」
 いやな事は明日考える事にした慎二は再び布団に潜りなおした。

 ――― 数分後。
 寝室からは、兄弟二人分の仲良い寝息が聞こえて来たのは言うまでもない ――― 


 ――――――――― 


 翌日。
 今日はどうだろうと、恐る恐る顔を覗かせた慎二は、自室で意外さを隠し切れないでいる兄の様子に少し戸惑った。
「兄ちゃん? どうしたの?」
「…見かけどおりの人じゃあ、ないのかも…」
「はあ?」
「いや、こっちの話」
 まだ分からないと、瞳が語っていたがそれでも。
(楽しそうじゃん、兄貴)
 久しぶりのそんな表情は、慎二にも嬉しかった。



 日が経つにつれ、会話が段々、現キャプテンの話に集中し始める。
それは取りもなおさず彼がそのキャプテンを意識しているという事で。
(井口さん以来じゃん、こんなに他人について話すの)
 そう思うと、何だか可笑しかった。



 そして月日は流れて――あの運命の青葉戦。
墨二はひと揉めあったようだったがそれも一段落。
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