★中・短編★

□アニー・ローリー
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「結局、三振は取れずじまいか…」
 誰もいない更衣室、シャワーを浴びながら佐野は呟いた。
 墨二と墨高の壮行試合もとうに終わり、誰もいないロッカールームは人の気配がない分、がらんと感じるが一人に慣れている佐野は全く気にしない。
そのまま汗と泥を落として制服に着替える。
 ポケットの中にある帰りの電車賃を確認して、彼がそこを出ると、扉の外で待っていた管理会社の人が無言で鍵を閉めた。
何とはなしにそれを見ていた佐野だったが、ふいっと気紛れな猫のようにその足を球場の外へ向けた。
 それなりに涼しかった体も一歩外に出れば、滴り落ちそうな湿気と熱気に瞬く間に汗が吹き出してくる。
「さて、帰るか」
 呟いたその背に、耳慣れた、しかし意外な声がかかった。
「佐野」
「…倉橋さん…っ!」
 振り向けばそこに、いつ着替えたのか制服姿の倉橋豊が立っていた。
「ご苦労さん、疲れたたろ。ほれ」
 差し出されたモノを受け取ればそれは、
「タイヤキ?」
「うまいぞ」
「はぁ…」
 確かにハラは減っているし身体も疲れているがそれにしても。
(なんでタイヤキ?)
 思いながら佐野の視線が周囲をさ迷う。流石にこの炎天下、食べながら帰る気にはならない。
ちょうどいい木陰に、空いているベンチを見つけて腰をかける。どういう訳か倉橋さんも同行だ。
 がさがさと紙袋からタイヤキを出すと、ぱくりと頭をひとかじり。
 途端にじんわり広がる甘さが、身体イッパイに広がるようで。
 俺はちょっと頬をゆるまかけ、隣のからかうような視線に気付き、それを慌てて引き締めた。
「…何すか?」
「ふふん、今更何格好付けてるんだよ。」
「何がですか」
「馬ぁ鹿。お前の甘いもの好きなんか、当の昔にばれてんだよ」
 にんまりあがった人の悪い笑みに、俺は思わずタイヤキを喉につまらせた。
 絶妙なタイミングで差し出された水筒の、コップ一杯のお茶をひったくるようにつかむと、中身を一気に飲み干す。
 喉に残った残留を咳と一緒に吐き出して、俺は涙眼で隣を見やった。
「な、な、な…!」
「顔が赤いぞ、佐野。」
 くすくす笑いながら指摘してくる先輩は、相変わらず人が悪かった。
「あーんな嬉しそうに甘いもの食べてて、ばれていないとでも?」
「…先輩には適わんです…」
 これはもう、諦めた者勝ちである。
「他の皆は知ってるんですか?」
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