★中・短編★

□遠い花火
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 この年の夏は、記録的な猛暑だった。



 某月某日。
 東地区大会四回戦。
俺達は同じシード高の三山をコールドで下して、意気揚揚と学校へ戻った。
次の試合相手はノーシード。俺達の敵じゃない。
「どうせ、運よく勝ち進めただけさ」
 大杉はそう言って、馬鹿にしたように笑った。
俺も同じ意見だ。ノーシードがここまで勝ち進むなんて、マグレ以外の何があるのか。
 だからろくに相手を調べもせず、楽勝楽勝と侮っていた。
 試合当日。
 相手高ピッチャーはまあまあなコントロールとそこそこの速球。変化球もそれなり。
(こりゃ、勝てたわ。)
内心そう思った。思わぬ切り札のフォークも、見極めれば打てなくはない。俺達は打ちまくった。
 一方の相手高は、百瀬のスローカーブを攻略出来ずに三振か凡打。一人も出塁出来ない。実力からすれば、大量点でコールドでもおかしくないのに、なぜか、点がとれない。初回の一点からスコアは伸びない。
 毎回毎回二死満塁。
今度こそと思っていても、相手のファインプレーに阻まれて得点出来ないのだ。
(何だか様子が違うぞ。)
これでは、シード相手と遜色ないではないか。
 そう思い、ふと、対戦相手を見る。
今までの相手は、こうも毎回ピンチばかりなら、精神的な重圧に耐えられず、崩れて自滅した。しかし、今度の相手は違う。
 どんなにピンチでも、どんなに追い詰められても、決っして諦めない。
(墨谷高校か)
 これは、気を引き締めてかからないと、えらい目にあうぞ。
 やっとそう思った。
そうこうする内に、八回。俺達は意表をついてスクイズを決行したが、相手バッテリーに見破られ、結局一点のみ。なぜ見破られたのか、どうしてもわからなかった。
 その裏。俺の弱点が見破られ、墨谷に活気が出てくる。ヒットエンドランを目論んだ俺は、一球外した球を引っ掛けてしまい凡打に。
万事休すの場面は、ファーストのエラーに助けられた。
この後の、淡々と投げる墨高投手のピッチングに思わず唸った。

 俺の中にあった。
どこか軽く見ていた認識が、これで一気に引っ繰り返った。
そうしてこの回もやはり無得点のまま、次の墨谷の攻撃で……、





 俺達は、負けた。





 負けたと言う認識が、どうしても掴めなかった。
暫らくはただ、呆然としていた。
 墨谷へエールを送り、グラウンドを後にして。

(ああ、負けたのか)

 やっと、実感した。

 ふいに涙が出てきた。

 何の涙なのか。

 悔しいのか。

 口惜しいのか。

 わからない。

 ただ。

 涙だけが流れた。


 『絶対、甲子園行こうぜっ!!』


 そう言って。笑った遠いあの夏の日。


 手にしたと思っていた、甲子園への切符はもう、ない。遠い花火のように、憧れだけが残る。


 球場から出ると、陽炎が漂っていた。皆、無言だった。


「…終わっちまったな…」


 ぽつりと。
誰かの洩らした言葉だけが、その場に残った。
 
 
 (終)

 
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