★中・短編★
□雨宿り
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学ラン姿の学生二人、道すがら何やら親しげに話している。そこへ、ぽつりと何かが当たった。
「うわっ、やばいっ! 降ってきたっ!」
ザアッとやってきた雨に、倉橋と二人、慌てて軒下へ逃げ込む。
今日の天気はあいにくの曇り空。今にも泣きだしそうな雲も、練習試合中は何とかもったのに。
「帰りぎわに降るなんて、反則だよ」
「何言ってるんだか」
少し呆れた顔の倉橋である。
「大体、真っすぐ帰宅してたら、降られずにすんだんだぞ」
そうなのだ。
このキャプテンがわがままを言わなければ、二人とも無傷(?)で帰宅できたはずなのである。
「そうは言っても、俺、今日の試合投げてないから、ちゃんと練習しておきたかったんだ」
少し申し訳ないような表情だ。確かに今日は、松川の独壇場で終わって、墨高は完封勝ちである。
出番はなかったが、仮にもエースが練習しない訳にいかない。練習しておこうという彼の気持ちは分かるがそれにしたって。
「マウンドもプレートもない河川の空き地なんかで、よく投げられるな」
加えて、上下とも緑のジャージ姿である。恥ずかしくないのかと遠回しに言ったつもりが。
「? 当たり前だろ?」
さらっと帰されてしまった。彼にとってそれは、特筆するような事ではないらしい。
が、あの時周囲から、かなり奇異な目で見られてしまっていた倉橋の視線は多少、白い。その視線に気付いて、タカオはコリコリと頬を掻いた。
「変かな?」
「変だ」
「そ、そうか」
ザアアァァァァ ――
雨の音が、急に激しくなったような気がした…
そのまま何となく会話が途切れた。周囲からは雨音だけが聞こえる。
不思議な沈黙だった。
気まずい訳でもなく、何かを話さなければと焦るようなモノでもなく。
〔互いがそこにいる事の、自然さ〕
あえて言葉にすれば、そんな沈黙。
沈黙の中。
倉橋はちらりと、隣に立つ主将を見やった。
一心に雲の流れを見ている横顔が、試合中の顔と重なる。
どんな連鎖反応が起きたのか、その瞬間、倉橋は彼と出会って間もない頃を思い出していた。
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一年生キャプテンに任命されて間もない頃は、本当に頼りない主将だった。いや、そう見えた。
実際、遠慮がちな指示や号令なんかは、彼からすれば焦れったいの一文字につきて。ついついお節介をやいてしまっていた。
それが憎まれ口になるのは、ご愛敬だろう。
(あいつと来たら、言いたい事の半分も言えない性格だし)
年上に慮るのもいいが、程度があるだろうと呆れてさえいた。
(大丈夫か、こいつ?)
そうも思っていた。
ところがだ。
実戦になった途端、ガラリと印象が変わった。
どんな相手にでも、すぐムキになるカッカしやすい性格がまず目に入り。
次いで、普段の口下手はどこへいったんだと言いたくなる程の冗舌ぶりと、恐ろしいくらいの冷静沈着さに呆れた。
試合中の指揮も、慎重すぎると思えばいきなり大胆な作戦も立てて来たりして彼の度胆を抜き。
さらに、あのとぼけた風貌の奥の。
どんなに不利な状況になろうと、決っして諦めない不屈の闘志が、どれだけ周囲を巻き込んで行くのか目の辺りにして。
(…なんて奴だ)
頼りないなんて、とんでもない。こんなにも頼りになる主将を彼は他に知らない。
下級生と言う事で遠慮が出るなら、俺はこいつの言葉足らずな所をフォローしてやろうと思ったのは、思えばあの時からだ。
口の悪さに磨きがかかったのもここからである。