★中・短編★
□『俺とアイツ』
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野球を始めたきっかけなんか、覚えちゃいない。
気が付けば、いつの間にかやっていた。
でも始めたら、この野球というスポーツにたちまち夢中になった。
その頃から俺は、よく投手をやっていて。俺の投げる球は、そのまま捕手のグローブに収める事が多かったように記憶してる。
小学で、リトルに入っていきなりエースになり。
でも、ここでも俺の球に触れた奴なんて、殆ど皆無だった。それが俺の誇りで、自負でもあった。
パーフェクトで完封。
そんな試合ばかり。
負け知らずだった。
……少なくとも、あの試合までは。
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初めて墨二と対戦した時、俺は二軍の腑甲斐なさにちょっと頭にきていた。
『腑甲斐ない奴らめ』
そう思って投げた第一球は、綺麗にセンターに弾き返された。
仰天した。
まさかと思った。
けれど、あいつらはきっちりストレートにタイミングを合わせてくる。認めるしかなかった。
今までの相手とは、違うという事を。
そうしてベンチに戻って、初めて知ったのだ。相手チームのキャプテンが、元青葉の二軍の補欠だと。
そう聞いて、俺の胸の内に何か熱いものが汲み上げてきた。
メラメラと、音を立ててそれは燃えていた。
(打たれてたまるか)
初めて、思った。
他はどうであれ、奴には打たれたくないと。
その後、交替に関して一悶着(?)があり、俺達は辛うじて勝利。しかし、後味は悪かった。『勝てば官軍』と自分を慰めたが、やはりそうはならなかった。
この事が、のちに問題になったのだ。
中学野球連盟理事長の采配で墨二と再試合となり、俺は俄然張り切った。
今度こそ完封してやる。絶対打たせない。
意気込んでいた。
自信もあった。
しかし結果は、敗退。
満身創痍の奴らに、勝てなかった。
悔しかった。
高校で雪辱してやる。
そう思っていた。
……のに。
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「谷口が再起不能ってどう言うこった?!」
信じられなくて、目の前にいるチームメイトのユニホームの胸倉を掴んで揺さぶってた。そいつは苦しそうな顔をして、俺の手首を捕まえる。
「落ち着けよ、佐野。」
「これが落ち着いていられるかっ! 理由っっ! 理由はっ!?」
「アイツ、あの試合で指、怪我したろ?」
「だからっ?!」 殆ど喧嘩腰な言葉に、冷静な声が戻って来た。
「あの怪我でも無理して投げたのが原因らしいぜ。何でも、ボールが投げられないんだとよ」
その言葉は、俺に奇妙な喪失感をもたらした。
指から、全身から力が抜ける。
ようやくユニホームを取り戻したそいつは、そんな俺の様子に不思議そうな顔になった。
「それより、墨谷との試合も近いんだ。気合い入れてこうぜ。」
「あ、ああ」
そうだ。今はとにかく、目の前の試合だ。集中しなけりゃ。
去年の雪辱戦になった対墨谷二中戦。延長18回。
壮絶な死闘を制したのは、やはり墨二だった。俺達青葉は、またしても奴らに破れた。
層にまさり、実力に優れているのに。
どうしても勝てない。
何故なのだろう?
俺は、この試合で体力の限界まで投げて(それは相手のイガラシも同じだが)、すっかり体調を崩していた。医者からも、十分静養するように言われて。
部活も出来ずにあてもなく街中をブラブラ歩いていたら、とある球場が目に入った。
何気なく。
足が向かった。
そこでは、東東京夏期地区大会をやっていて。
貼り出しを見れば墨高と城東との一戦だった。
(そういや谷口の奴、墨高に行ったんだっけ)