★中・短編★

□きっとだぜ。
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 地区大会五回戦。
今大会優勝候補の専修館との一戦。まさかの勝利を納めた俺達だったが、身体中ボロボロのクタクタ。練習なんて、とてもとても考えられなくて。


 完全休養日になった。
 どうやら谷口も疲れていたらしい。


 その一日。
俺は一人家でゴロゴロしていた。って言うか、動けずにいた。ちょっとでも動くと、身体中に筋肉痛が走るからだ。
その俺ん家(チ)に、同じ部活の山本がふらつきながらやってきた。
「よう、太田」
「山本か。あがれよ」
「んじゃ遠慮なく」
 ポイポイっと靴を脱ぎ捨てる。そのまま四つ這いでこっちにくると、ごろりと横になった。
「んで、なんか用か?」
 同じようにごろりと横になって問うと、うんと返事がある。
 しばしの沈黙。
「…変わったよなぁ、俺達」
 ぽつんと。
 感慨深げな声に、俺はアイツを見た。奴は、えらく真剣な表情で天井を見つめている。
「何の事だよ?」
「野球に対する姿勢がさ、すごく変わったなと思ってな」
「…ああ、そうだな…」
 谷口が入部する前、俺達の野球は勝敗抜きで楽しめた。娯楽に近い野球。
でも、アイツが来て劇的に変わった。
 野球は、真剣であればあるほど面白いのだと。
 そんな風に真剣に野球をやる面白さを、俺達は谷口から教わった。
 だから今、こんなにも終わりたくないと思っている自分がいる。
「谷口のおかげかな…」
「終わりたくねぇな」
「うん…」
 もっと、皆と野球をしていたい。こんなに暑い季節を、終わらせたくない。
「がんばろうな」
「おお」
「奴が弱音吐いてきやがったら、発破かけてやろうぜ」
「谷口が弱音ぇ? ありえねぇ〜っ」
「ははは」

 ∽∽∽∽∽∽∽∽∽

 そうして始まった準々決勝。疲れの抜けきれない俺達はボロ負け状態。
全員、体力、気力共に限界だった。
そんな時、谷口が珍しく諦めめいた事を口にした。
 聞きたくなかった。
 そんな、谷口らしくない言葉。
だから俺達は、あえてアイツに発破をかけた。
『俺達は諦めてないんだぞ』と。
帽子を目深に被ったアイツに目が、潤んでいたのを俺は知っている。


 ――― なあ、谷口。
俺達、あんまり頼りにならない先輩だったけど、少しはお前を元気づけてやれたかな?
 恩返しって言うのはちょっと変だけど、なんか、そんな気分なんだ。


試合は結局、俺達の負け。暑い季節が終わった。


 ∽∽∽∽∽∽∽∽∽

「お前ら、泣くんじゃねぇぞぉ?」
 山本の言葉に苦笑する。俺達は今日、引退する。
谷口には悪いが、こっちで勝手に決めた。
 俺達は、俺達なりの幕切れを、俺達の手で演出したかったから。
だから、今日と決めた。
「さあ、行こうか」
 これから三年最後の練習だ。泣かないと口では言ったが、きっと泣いてしまうだろう。
 そんな気がする。

 ∽∽∽∽∽∽∽∽∽

 ―――谷口。
俺達、お前には本当に感謝してるんだ。
お前がいなかったら、俺達ここまでこれなかった。
きっと、片手間に野球やって、それで満足してただろう。
でも、今は違う。今は本当に、野球が面白くてたまらない。
 こんなに野球が好きになったのも、きっと谷口、お前のおかげだ。
 だから、いつかお礼をさせてくれ。
 それがいつになるか、わからないけどさ……。


  きっとだぜ。

   (終)
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