短編小説


□声のさき
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ドキドキ、する。



現国の時間

ルークは一番後ろの窓側の席という好位置から、教科書越しにチラリと目線をあげた。



「んじゃ、次はニ段落目からな」



先生は淡々と教科書を朗読しながら、教室内を歩く。


自分の近くを通り過ぎた時、さらりと先生の綺麗な髪がゆれた。



黒い長髪に、端麗な顔立ち。

よく通る、テノール。



(…好きだなぁ…


……この、声…)



ほわりと、無意識に顔が弛む。

ルークはその声を堪能しながら、ひたすら耳を傾けた。










「ローウェルせんせ〜」



授業が終わるなり、甘い声を発した女子生徒が先生の回りを取り囲む。


教卓一帯はすでにピンクいオーラでいっぱいだ。


そのピンクオーラに囲まれているのがこの学校の先生で現国担当の、ユーリ・ローウェル。

先生はうちのクラスの担任でもある。


綺麗な顔で、若くて、おまけに授業も分かりやすい。

こんな風に女子から騒がれるだけあって、非の打ちようがない人だ。


「せんせぇ、ここがどーしても分かんなくてぇ〜」


どっから声を出してんのかと疑うような猫被り声に、半ばすげぇと感心する。


クラスで可愛いと評判の女の子も、撫でるようなまるい声で先生に近寄っていた。


一方、先生はと言えば表情が若干渋い。

女子のこのモードは大抵の男子には効果テキメンだが、先生は苦手なようだ。


しかし、そこは流石教師。

呆れ顔ながらも「はいはい」と対応していく。



そんな様子を、ルークは頬杖をつきながらぼんやりと眺めた。



(クールっぽい雰囲気は、むしろ、苦手なんだけど…)


でも、やっぱりいいなと思う。

『声』、が。



他の授業ではどうしても眠くなる先生たちの声

だけど、ローウェル先生の声だけはなぜかとても、鼓膜をくすぐる。


―――不思議と飽きないのだ、ずっと聞いていても。


先生が発する言葉のひとつひとつが、ぎゅーっと胸に染み込むようで、

気づけば、その声にいちいち聞き入ってる自分がいる。


本来、勉強は苦手分野なのだけれど
ローウェル先生が担当の授業は何だか待ち遠しいとか思ったり思わなかったり……



(………って、)



そこまで考えてハッとなる。
何考えてんだ!と、思わず自分の思考にげんなりと項垂れた。



(いやいやキモすぎんだろ…、どこの乙女…)



自分の乙女回路があり得なさ過ぎて、否定するように前髪をわしゃわしゃと掻きむしった。


…せめてローウェル先生が美人な女教師だったらな、なんて思うのはやっぱり見当違いだろうか。


どうして先生の声を聞くだけで
こんなにも気持ちが騒がしくなったり、ふわふわしたりするのかは自分でも分からない。



(……本当にどうした、俺の身体)



はぁ、とついつい息を吐く。


その時ふと、視線を感じてルークはそっと顔を上げた。


(え…?)


重なったのは、先生の目線。


動揺で、心臓がドキリと小さく跳ねた。


(な、なんで、)


故意になのか偶然でなのかは果てしなく謎だが、反らされない目線に激しくたじろぐ。


同時に、徐々に上がる自分の体温に、また、たじろぐ。



「………ッ」



なんとも言えない気まずさから逃げるように、ルークは慌ててぺこっと小さく頭を下げる。


それから誤魔化すように、そそくさと次の授業の準備を始めた。



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