グレイセス
□もう少しこのままで…
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真っ白い雪の中に、赤い髪と、ピンクに近い紫色の髪が揺れた。
『…さ、流石に寒いな…』
『…アスベル…大丈夫?』
『平気だよ、ありがとうソフィ。』
身に染みる寒さ。
ここはフェンデルの近くの山奥。
『…まさか落ちるなんてな。』
しょんぼりしているソフィの頭を撫で、お前のせいじゃないよ。と呟き、足を進めた。
皆とアンマルチアの里に向かう最中、足を滑らせたソフィの手を掴み、引き上げようとしたが、俺まで一緒に落ちてしまったのだ。
奇跡的に、雪がクッションになり、怪我は無かったが、ソフィ一人だけ落ちた…なんて事になっていたら、洒落にならなかった。
『…私のせいで、皆が危ない。』
『ソフィ、誰もそんなこと思ってないよ。向こうには、ヒューバートも教官もいるだろ?大惨事にはならないし、大丈夫、皆も俺たちを探してくれてるよ。』
『………うん。』
そうは言ったものの、雪で視界が悪くなってきた。
大分気温が下がってきたし、夜に近付いている証拠だ。
皆もこの天気では探せないだろうし…何とかならないだろうか?
『アスベル!あそこに小屋があるよ!』
長い髪を揺らし、俺に話かけてくるソフィ。
『小屋…?こんな山奥に…?』
滅多に人なんで来ないような場所に小屋?
あやしがりながらも、寒さを凌げるのであれば問題はない。
――――――キイッ
寒さで木が乾燥しているのだろう。不気味な音を立てて扉が開く。
『お邪魔します。ほら、ソフィも。』
『うん、ちわーッス』
『……え?』
『パスカルと教官がね、こうした方がいいって。』
またソフィに変なことを…
『…アスベル…誰もいない』
不安そうに回りをキョロキョロしながら俺を見つめる目。
『大丈夫。多分だけど、俺達みたいな、道に迷った人が休む場所だと思うぞ。』
現に、毛布や薪などが置かれていて、少量ながら食料もある。
『…ソフィ、一晩だけここに泊まろう。外には出られないし。』
『…うん。』
*・゚*・゚*・゚
『……ッ。』
はぁ…寒いな。
夜になり、辺りは真っ暗だ。雪山は夜になれば、気温は今以上に低くなる。
火の前に居ても、薄い毛布1枚だけでは、耐えられそうにない。
薄い毛布も1枚しかないため、ソフィに貸して、俺は見張りをすることにした。
薪を暖炉の中に放り込み、勢いを増した火を見つめて、これからの事を考えていた。
とりあえず、皆と合流することを優先しよう。
でなければ、命に関わってしまう。
そう考えていると、寒さに身震いした。
『…ハッ…クシュ』
精一杯押さえたくしゃみだったが、ソフィに聞こえなかっただろうか。
そう考え、後ろを振り向くと、フワリと上から毛布が降ってきた。
『ソフィ?…これを被って寝てろって言っただろ?俺が見てるから。』
『…ダメ、アスベルは私が守る!』
『それは…』
『アスベル…私は寒さは感じないよ?アスベルが使って。』
『…ソフィ。』
ずっとそんな事を?
スッとソフィの頬に手で触れると、熱を持たない冷たい肌がそこにはあった。
そうか…ソフィは人間ではない…ヒューマノイドなのだ。
何度も突き付けられる現実に、迷ったことは幾度とあった。
―――――けど
『…そんな事は関係ない。』
『アスベル?』
大きく広げた、薄い毛布に俺の隣に座っていたソフィに包むように被せた。
『どうしたの?アスベル?』
『…人間とか、人間じゃないとか…関係ないんだよ、ソフィ。
思いやる心で人は…温かくなれるんだ。』
『…思いやる心…』
『…ああ。』
それからは何も話さなかった。
共に肩を並べ、暖の前で座り火を見つめていた。
いつも俺の冷めきった…傷付いた心を救ってくれたのは。
――――ソフィ
お前がいなかったら俺は…俺じゃなかった。
『…ありがとうな。』
肩にもたれ掛かっているソフィはどうやら寝てしまったようだ。
頭をそっと撫で、急激に落ちてきた瞼に抵抗することもなく、ゆっくり瞳を閉じた。
不意に『胸のポカポカ…分かった気がする…アスベルは温かいね。』と聞こえたが、瞳を開くことは出来なかった。
*゚・*゚・*゚・
『兄さーん!何処ですか?』
『ソフィ、アスベル返事して!』
視界が悪かったので、探すのを断念した昨日。
天気が良くなり、再度探し始めたのだが、昨日の天気に、アスベル達が外にいたと思うとゾッとするのは仕方ない。
『ここに小屋があるよー!』
『入るぞ。』
――――――
ドア開け、中に入ると、微かだが暖かかった。
『アスベル…?』
暖炉の前に人影がある。
シェリアとヒューバートがそっと近より、毛布で後ろからでは見えない顔を覗きこんだ。
『……』
優しく微笑むシェリアと、呆気に口をポカンと開けるヒューバート。
『…どうした?何かあったか?』
『どったの?弟君、シェリアー?』
『何て言えば良いでしょうか…。』
そこには、二人で寄り添い眠っている、アスベルとソフィがいた。
『幸せそうだな。』
『あれ?シェリア嫉妬?』
ニヤニヤと黙りこむシェリアを見つめるパスカル。
『――ッち、がっ!パースーカールー!!』
『あわわ!冗談じゃん!!』
『二人とも静かにしろ!起きるだろうが。』
『全く、マリク教官の言う通りですよ。あのソフィでさえ、無防備に眠っているんですから、眠れるときに寝かせてあげるのが一番です。
ですが…』
『どうした?』
『…いえ、本当の親子みたいだと思っただけです。』
ヒューバートが呟く。
普段絶対に聞くことの出来ない、優しい声だった。
『…そうね、こう見てると、いいパパしてるのね、アスベル。』
ふふっと笑い、シェリアも隣で二人を見つめた。
――もう少しこのままで…