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□矢印の方向が変わるとき
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貴方が好き、誰よりも好き

ある人にしか言ったことのない言葉
でもいつの間にか

この言葉は違う人に言うことになるなんて
知る由もなかった



《矢印の方向が変わるとき》



ボクには世界で一番好きな人がいる

ボクをあの地獄から救い出してくれた人
ボクに人の温もり、仲間の温もりを教えてくれた人

その人はいつも太陽のように笑ってくれる
赤いキラキラした目が宝石みたいでとても綺麗
男の人にこんな事言うのも変だけど、その人自身もとても綺麗で、可愛い
でも、その中身は熱くて、とても男らしい
でも、すごく優しい

もしも、好きな人のタイプを聞かれたら真っ先にこの人の名前を言う
もう、好みじゃないね、ズバリ好きな人だったです


でも、ボクは自信をもってこの人が世界で一番好きだと言えるです


「やったな!ブイ」


ブイ、というのはボクの名前
そしてボクの頭を撫でて誉めてくれているのが、ボクのマスター
ボクが世界で一番好きな人


ボクの後ろには目を回したポケモン
さっき、ボクとバトルして負けちゃったんです

お疲れさまです

そう軽く思って、ボクは頭に意識を集中させる
撫でてくれる暖かい手が気持ち良くて自然と目を細める


「(マスターが喜んでくれた、頑張って良かったです)」


マスターが喜んでくれるとボクも嬉しい


「へぇ、頑張ったね」


不意に声をかけられた
ボクはそちらに目を向ける

彼はマスターの肩の上で黄色い長い尻尾を揺らしながら、こちらを傍観者のように眺めていた
『自称』マスターの相棒のピカチュウのピカです
今回はバトルをお休みさせられて、ご機嫌ななめみたいです

いつか、その場所も奪っちゃうです♪

そういう意味を込めて、ニコリとピカに笑ってみせた
すると、ひくりと口元をひきつらせる
見てて面白いです

もちろん、仲間の皆の事も大好きです


「そろそろ帰ろうか」


そう言われて気づく
空はだいぶ暗くなり、肌寒くなってきてる
時間はあっという間過ぎてしまうです

これもマスターの影響かな?

歩き出すマスターの隣をついていく
歩くのが遅いボクにペースを合わしてくれた
やっぱりマスターは優しいです

そんな風にしてると、マスターの足がピタリと止まる
いきなりだから、つい二三歩ボクが前に出てしまった


「(どうしたです?)」


ボクはマスターが見つめる方を見る
そして、つい顔に出してしまった


「(また、現れたです)」


「グリーン!!」


そう言って、マスターが駆け寄る
そこには綺麗な緑色の目をした少年
マスターの、幼馴染み兼ライバル兼親友

そして、マスターの想い人


「久しぶりだな」

「まぁな、お前は…特訓か?」


あの人は気づいてるのかな、マスターの想い
気づいてなかったら、サイコキネシスを一発おみまいしたいです
でも、気づいてほしくないっていうのも本心です

複雑です

でも、やっぱり嫌です
あの人苦手です、なんか怖いです

ピカもあまり良い顔をしてない
大切なマスターの応援はしたいけど、やっぱり取られたくないです
こういうの、乙女心って言うですか?


数分してマスターとその人は別れた
なんか、少し顔が嬉しそう
好きな人に会えたからです、良かったですね、マスター

話を聞いていたら、彼はこれからまたどこかに旅に行くらしい
とうぶん帰ってこないみたい
本当にマスターと会ったのは偶然?
実はあの人もマスターに会いたがっていたとか

人の感情に敏感なボクだから気づいたかもですけど
あの人がマスターとしゃべっている時の周りの空気、少しだけやわらかいです
もしかしたらあの人も……

ボクはブンブンと首を横に振る
すると、マスターがどうかした?と言いたげにボクの顔を覗き込んできた
何でもないと意味を込めて、一鳴きする
察してくれたようで、ニコリと笑って再び歩きだした


どうしてマスターにはボクの言葉が届かないです?
もし届くなら、この気持ちをマスターに伝えたい

人間とポケモンの壁は高すぎです

ボクはそんな事を思っていると、ハッとする
そして再び首を横に振る


そんな事を考えている暇はないです
今はマスターにとって大切な時期なんです

1ヶ月後、マスターには大切な試験がある
トキワジムリーダーになるための

ジムリーダーになることはマスターの夢です
だから、変な事を考えてマスターに迷惑をかけれないです

ボクはマスターのポケモンなんだから、マスターのお役に立たなきゃです
その為にもっと強くなるです!

気合いを入れ直して、またマスターの後ろをついていく

すると、突然マスターがバランスを崩して近くにあった木にもたれ掛かった
ボクとピカが急いで駆け寄る


「ごめんな、帰るって言ったけど、少し待ってくれないか?」

そう言いながら少し困ったように笑うマスター
その手は自分の足を擦っていた

痺れ、まだ治らないですか?
マスターはある事件の後遺症でたまに手足が麻痺する事がある
今みたいに歩くことも困難になる

この頃、それが強くなったみたいです
何もしてあげれない自分が情けないです
それはピカも一緒みたいです


その後、マスターはすぐ立ち上がって何も無かったように笑ってみせた
でも、まだ少しふらつく足取り
ボクは“ねんりき”で少しサポートした
ありがとう、と言ってボクの頭を撫でてくれる手は大丈夫なのです?
家に着くまでの間、マスターはずっと悩んでた
試験で今のようにマスターを支えてあげることはできない

やっぱり何もできない自分が悔しいです

大好きなマスターの力になりたい
せっかく一つの姿に進化したのに
今までみたいに守られてばかりじゃ嫌です




それから月日が経った
ついに来た、試験当日

マスターは少し緊張気味
いつものマスターだったら大丈夫です、合格間違いなしですVv
緊張気味のマスターを安心させようと、その手に擦り寄ってみる
皆も同じようにマスターに擦り寄った
ギャラやフッシーがやると似つかわしけど、なんだか微笑ましい光景です


「(皆がいるです、マスター頑張って!!!)」


届いたみたいでマスターが優しく笑ってくれた
貴方なら必ずできる、そう信じさせてくれる人ができるなんて思ってなかったけど
ボクはマスターを信じてる


アナウンスの言葉で試験が始まった
流石はフッシーです
どんどん“つるのムチ”で相手を投げ倒していく
ゴンのパワーもすごいです

こんなすごい皆と一緒にいれる事が、私の何よりの誇りだった

すると、自分の視界が揺れる
“うずしお”にマスターが足をとられたのかと思った
モンスターボール越しにマスターを見る
その顔は苦痛で歪んでいた
後遺症の麻痺が現れたみたい

ここからでは何もできない
早くこの試験を終わらせないと

焦りのせいか、ポリゴン2の“でんじほう”を受けてしまった

「すまない、ブイ。お前にはいつも頼ってばかりだな」


たくさん頼ってです
弱かったあの頃、たくさん貴方にすがりついたです
今度は貴方のために力を使いたい


「いくぞ。1つのタイプに進化したお前の力を信じてるぜ!」

ボクも貴方の事を信じてます

渾身の一撃をポリゴン2にぶつける
目の前で倒れた


相手は全滅、ボクたちは誰一人と倒れていない
マスターは合格したです!!

ボクは嬉しくてマスターに飛び付こうとした
だけど、マスターは何か考えている
マスター?


マスターが口にしたのは辞退するという言葉
ボクの頭は真っ白になった


「(どうして。マスターは合格したですよ?夢、だったんでしょ?ここまで頑張ったのに)」


何でマスターばかり苦しまなきゃいけないですか?
麻痺の事を気にしてるですか?だったらボクが支え続けるです
だから


「(そんな苦しそうな顔で夢を諦めないで)」


どうして、ボクの言葉が届かないです
こんなにも近くにいるのに


「(壁が高すぎるよ)」


すると、後ろから声がした
皆がそちらに視線を集める

緑色の目、グリーンだ
今なんて言ったですか?その代わりを引き受ける?
貴方がマスターの夢を持っていってしまうですか!

飛び掛かりそうなボクを制したのはグリーンの近くにいたハッサムだった
そのピンとした姿勢は、トレーナーに仕える騎士みたいだと思った


「主には主の考えがある、聞いてください」


忠誠を誓っているように、まるで自分の主を信じているような口振りだった
そんなに信じれる人ですか?

その姿を表したのは、この後のトラブルだった

暴れだした野生ポケモンを一瞬で抑制してしまった
グリーンの意思を具現化したように動くハッサム
二人の信頼関係が見えた気がした

そういえば、ボクはマスターの考えがわかってなかった
そう思うと、二人が羨ましく見えてきた

そして、グリーンに全てを尽くしているように見えるハッサム、何故か心臓が高鳴る


その後の話を聞くと、グリーンはマスターの後遺症を治す手段を探してくれたらしい
気づいていたですか、マスターの後遺症に
そこに少し驚くです


代わりというのは、マスターが帰ってくるまでって意味ですか?
何だか、ボクが思っていた以上に、グリーンはマスターの事を考えていたみたい
少しは信用してあげるです
ボクに出来ない事が貴方には出来るんだから

ボクはここまでみたいです
呆気なく初恋が終わっちゃいました


「貴方が羨ましい」


そう言ってきたのはハッサムだった


「自分のトレーナーを思って、あんなに熱くなれる、貴方にとって良い主人なんですね」


そうだ、マスターはボクの最高のトレーナーなんです
それに変わりはないじゃないですか


「はいっ///」


ニッコリと笑えば微笑み返された
不意に心臓が高鳴る

もしかしたら、これが矢印の方向が変わった瞬間だったのかもしれない



マスターのことは今でも大好き
ボクの力は全てあの人に支えても良い

だけど、


「愛してる」って言葉だけは
彼にしかあげることはできない



「どうかしましたか、ブイ?」

「・・・うぅん、少し昔の事を思い出しただけです」


頭をなでてくれる手
あの太陽のように温かい手とは少し違うけど
酷く落ち着く、安心する


「ハッサム」

「なんですか」


とても悲しい報われることのなかった初恋
今でも少し悔しいし、悲しい

だけど


「愛してるです」

「ふっ・・・俺もですよ」



今のボクは、とても幸せです



END

少し付け加えて更新
ジムリーダー試験の時、絶対あいつら一目惚れしたろとかいう妄想
そんであの時に初恋が終わって新たな恋が生まれるという
かなり捏造ワロス

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