短編

□零れた居場所
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執行官となった日、僕は初めて存在を認められた気がした。
―――居場所。
僕にとって、公安局刑事一課が唯一の居場所であった。






宜しくな、始めに手を差し出してきたのは高砂結城という男だった。へらりと笑みを絶やさないこの男は何かと話し掛けてくる。けれどそれは嬉しかった。兄が出来たみたいで、頬が赤くなって照れて下を向くと決まって頭を乱暴に撫で回してくる。
兄のような、と言えば狡噛慎也という男もそうだ。だが、彼は何となく兄に向けての感情ではない気がした。

「凛ちゃーん、疲れたよぉぉ」
「…頑張ろう?征陸さんが、目標を見付けたみたいだから、…もうちょっとだけ頑張ろうよ」
「んんんんん……、征陸さんが始末してくれるから平気だべ」
「もう、人任せなんだから…」

疲れた、と文句を溢す結城だが飄々としているくせして顔色は悪い。よく目を凝らして見なければ変化には気付かないだろうが、凛は気付いていた。早く終わらせたいのは山々だが何せ相手は少々厄介らしく、珍しく手こずっているのだ。
結城から背を向けている自分は敢えて、気付いていないふりをする。具合が悪いのを隠したがっている結城を見て見ぬふりをするのは正直辛いが、結城自身が決めたことだ、此方はそれに口を出すことは出来ない。

「……結城さん、来たよ」
「ん、…りょー、かい」

力なく、壁に体を預けている結城の気配を背中から感じる。ちらりと窺えばドミネーターはしっかりと握っていたのだから監視官としての業務は全うしていた。これなら宜野座は何も言えないだろう。
それにしても、肩で息する結城の状態はあまりよろしくないのが現状。征陸がこのことを聞いたら結城を叱るのが目に見えていた。前以て体調は分かっていただろう、何で無理をした、早く帰って寝るんだな、なんて言いそうだが。

「……結城さん」
「……なに、」
「終わったら、早く寝てね」
「…ん。……すまね」

汗を額に滲ませ、短い呼吸を繰り返す結城は肩で息をしてしまっている。長居は出来なそうだ。
ドミネーターを扱うのは正直、苦手であった。どちらかと言うと、対象者の動きを封じる方が得意だ。近距離戦ならば勝算は此方にあると言い切れる。征陸や狡噛、結城の御墨付きだ。

「―――余所見するな凛ッ!」
「こ、がみさ――っ?!」

対象者と狡噛が飛び出して来て、一瞬反応が遅れてしまう。彼が叫んで反応するも、それでは遅く。
一瞬、であった。
血飛沫が服や体を濡らし、肉片となってしまった対象者だったものが無惨にも転がり、目を見開いた狡噛の視線の先には結城がいたのだ。結城はドミネーターを下ろし、ゆらりと対象者から凛へと瞳を移す。無表情で、濁った目がばちりと合う。びくんと体が震え上がってしまい、力なくその場に座り込んでしまった。それくらい恐ろしく、体の支配権が結城に奪われてしまったような、そんな感覚。

「余所見、すんじゃねぇよ」

薄く開いた口が言葉を紡ぐ。普段の結城には、見えなかった。突き放した言い方をした本人へと視線を移せば結城は壁に背をつけ、項垂れている。彼は結城へと駆け寄り、顔を覗き込むものの意識を失ってしまったようで反応がなく。
結城を背負った狡噛は何も言わずに歩き続け、ただ黙って着いていく自分。ドミネーターを上手く扱えず、警戒心を解いてしまったことに悔しくて、彼がそんな凛に呆れてか何も怒りも呆れもしないことが返って辛かった。目頭が熱くなるも、ぐっと泣くのを堪える。泣くならするな、泣いたら負けだ、普段結城に言われていた言葉を咄嗟に思い出した。泣くな、泣いたら、狡噛が困るだけ。

「……凛、」
「…っ、なに?」
「結城の目が覚めたら、謝ることだな」
「……うん、」

その後、結城は目が覚めた瞬間に征陸に説教され、フラフラで宜野座へと情況報告のため訪れれば書類の束で頭を叩かれていた。








「ってぇ!何すんだよ伸(のぶ)っち!!」
「……結城先輩、いい加減にしてください」
「結城…あれほど言っただろう」
「その、あれだ征陸さん…なんで静かに怒ってんの?つか、目笑ってねーし」
「(……征陸さん、やっぱり怒ってる…)ご、ごめんね?結城さん」
「いやいやぁ、俺こそごめんなー」
「話はまだ終わっちゃいねぇぞ?」
「……伸っち、もう叩くのやめて」
「………」







*****

狡噛さんは、ショックを受けた凛ちゃんに何て声を掛ければいいか分からなかっただけ。凛ちゃんは人に嫌われたくないから必死になっちゃいます。
征陸さんは静かに怒ってて、無言で叩き続けるのが宜野座さん。宜野座さんは仕事中は高砂監視官、とか言うくせにかっとなったり仕事終われば結城先輩、と呼んでます。
二人きりの時は智巳、と呼び捨てな結城も、ミンナノいる前では征陸さん?と呼んでいます。


20121124
春坂アイシャ

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