短編

□誰かがそれを"正義"と決めた
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期待、なんてものをしても無駄なのだと。頑張ったって、無駄なのだと。幼い頃に思い知らされたんだ。

「だから俺は―――誰も信用なんて、しなくなったんだよ」




first,誰かがそれを"正義"と決めた




出動命令が出て、重たい腰を上げて仮眠室からゆっくりとした足取りで出た。歩きながら対象者の情報を確認し、高砂結城は現場へと向かう。

「……わりぃ、遅れた」

現場に着けば後輩の宜野座伸元が睨んできたのでへらりと笑って謝罪する。けれど宜野座は表情を変えないのでこの際、無視を決めた。
公安局刑事一課の監視官を勤める自分は執行官達の監視や指揮を取らなければならない。何せ、監査官なのだから職務を全うしなければ。

「…随分と遅かったじゃないか」

手をひらひらと軽く振って迎えてくれる征陸智己は執行官である。父親的な包容力(と結城は思うが)のある彼はそれでも執行官であり、監視しなければならない対象でもあるの、だが。

「結城!おっせーよ!」

そう言って抱き着いてきたのは篝秀星。よく、ゲームする仲だ。
何故か自分は執行官達と仲が良い。それは気のせいではないと思う。

「…今日は俺、誰となのかなー?」
「俺とだ」
「おおっ!征陸さんからのご指名貰っちゃった。…てなわけで、宜野座君、後は宜しく頼むよ」
「……はぁ、分かりました」

後のことは宜野座に任せ、結城は征陸と共に商店街へと入っていった。
対象者は何処かに隠れているのか、はたまた必死に逃げているのか。見付け次第、宜野座に連絡すればいいだろう、なんてお気楽な考えをしていれば彼がぴたりと立ち止まって、いきなりのことで征陸の背に顔をぶつけてしまった。鼻が背中に当たり、地味に痛い。鼻を押さえていれば彼が此方に振り返り、じ、と射抜くように見詰めてきた。

「いっ…てぇ!征陸さん、急に止まらないで下さいな。俺の鼻が…鼻がっ!」

お茶らけてへらへらと笑いながら言えば、じろりと睨まれてしまう。その笑みを止めろ、と言いたげに。

「………はぁ、…なんだよ」

一瞬で笑みを消し去って、今度は睨み返してやった。
そう、へらへらと笑っている自分は嘘の自分。素は、冷めきっているのだ。素を見せないで仮面を被っていたのだが、征陸には見抜かれてしまった。―――此処に来て、直ぐに見抜いたのだ、彼は。

「表では"明るくて馬鹿で、運の良い高砂結城"なんだから、皆がいる前くらい我慢しろよな」
「……けどな、」
「お前にしか、見せらんねぇよ。…こんな自分、俺でも嫌なんだから」

そう、表では嫌でもへらへらと笑っているけれど征陸と二人になると素が出てしまう。偽っている姿が彼は気に入らないらしく、こうも二人きりになると素を見せろと言うのだ。だが、征陸と二人きりの時は気が楽なのは確かである。そもそも、彼の隣は暖かく、酷く安心した。それもそのはず、執行官である征陸智巳と監視官である高砂結城は恋人同士であるから。

「…おら、仕事なんだ。とっとと終わらせて帰ろうぜ」
「……アンタってやつは…毎回俺達がペアになることはないんだから、今日ぐらいゆっくり捜そう」
「は?俺はとっとと終わらせてぇんだわ」
「……ムードとか、考えたらどうだ?仮にも、付き合ってるんだからさ。まったく、ガキだな」
「そのガキに、しかも歳が結構離れてる野郎に惚れたのは何処のどいつだ?……けど、お前の言う通りだな」

言い返す時は倍以上のことを言うけれど、彼はただ困ったように笑うだけ。そうやって、この関係は成り立っている。
こうやって、二人きりじゃなければ言い合いも出来ない。監視官と執行官、男と男、歳が離れている、といった障害があるけれど、なんとか続いているこの関係は結城にとって、心地よかった。父親を早くに亡くしているからか、包容力のあって頼りになる征陸は父親と重なるも、けれどこの気持ちに嘘偽りはない。

「……ン、ぅ」

壁に体を押さえ付けられて、口付けられる。両手には彼の手が繋がれ、優しく、けれど激しく口付けは続いた。



20121102
春坂アイシャ

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