短編

□おやすみを運んで
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笑えなくなったのは、いつ頃だったのだろう。
泣けなくなったのは、いつ頃だったのだろう。

「……人を、信じなくなったのは、いつ頃だったっけ…」

人の醜さを幼い頃から見てきてしまったから、仮面をつけるようになった。馬鹿みたいに、年相応に振る舞って、偽って、偽って―――。そうして、生きてきた。
へらへらと笑みを浮かべるのも、明るく振る舞うのも、全て、全て本来の自分じゃない。そうして振る舞って仕舞えば、楽だった。
普通の学校に通い、ある日、ぽろりと本音が零れてしまった時に言われた言葉。

『お前、可哀想だな』

なんて、言われてしまった日には絶対に本音を言うもんかと決めたものだ。
それはそうと、人を信じられなくなった理由は別である。きっと、昔から見すぎたからだ。人の醜さや、金で人は変わってしまうところを。
そんな自分の全てを受け入れてくれる人が現れた。上手く、わらえなえないんだ。そう言えばそれでもいい、と言ってくれた彼にどれ程救われたか。

「…結城?」
「ともみ、」
「また、余計なことを考えていたんだな」

執行官の宿舎には監視官は自由に出入り出来るため、今は征陸の部屋にいるのだが。勝手に彼のベッドにぽすんと体を傾け、倒れ込んだ。そして枕に顔を埋めれば、征陸の匂いで一杯になって、眠気が襲ってきた。

「……ねむ、たい」
「…全く、」

ふ、と笑った気配。優しく頭を撫でられて、結城は笑みを浮かべた。心地よくて、暖かくて、いとおしくて。様々な感覚や感情が入り交じる中で、ゆっくりと眠気が襲ってくる。
枕に埋めていた顔を横に向けて、征陸にいつものを求めた。じっと、何を言う訳でもなく。そうすれば、ほら。彼はしてくれる。

「……おやすみ」

ちゅ、と頬にキスを贈られた。目が合って、自分も征陸に返す。おやすみ、と言って瞼を閉じれば直ぐに夢の中へと入っていった。








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おやすみのちゅーって、ずっと当たり前だと思っていた春坂です。
寝る時に必ず父を呼んでgood nightのちゅーを頬に(笑)ぐんないのちゅー、と小さい頃は言ってました。

20121107
春坂アイシャ

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