古都の夢

□永遠の劣等感
1ページ/2ページ

あの人が処刑されて数日、子上殿は何事も無かったかの様に振る舞っていた。
公務に勤しみ、時々逃げ出し……ただ違うのは、逃げ出す場所が変わったこと。





私は変更されたその場所に向かって歩いていくと、案の定な後ろ姿が見えた。
ただ、その表情は……まるで見えない。










「子上殿」
「……元姫か」
「……いくら初秋とはいえ、長居したら身体に触るわ。早く……」
「悪い……もう少しだけ……独りにしてくれないか……?」
「でも……」
「すぐ、戻るからさ……」
遠くの川面を見る彼は、何時もの軽いそれとは違う。
……私の知っている子上殿でない顔。
あの人だからこうさせているのかしら……。




「……分かった」
子上殿の顔を見たら否とは言えなくて、私はただ黙って来た道を戻った。



















「……これは?」
部屋に戻ると、見覚えの無い手紙が机の上に置いてあった。
宛先も私……一体誰が……?






恐る恐る開くと、其処に書かれていた名前に言葉を失った。
「これ……」
差出人は……あの人からだった。







子上殿の心を死して尚掴んで離さないあの人の……。








私は何時に無く緊張した手で手紙を読み進めた。


















『王氏様

こうして面と向かってお話申し上げるのは初めてでございます。
私が居なくなってからというのも、可笑しな話ですが。





私は貴女の夫君が初陣の時より付き従っていた元部下です。
そして……私は密かに、貴方の夫君をお慕い申し上げておりました。』




内容に驚きは無かった。
あの人が子上殿を好いているのは直ぐに分かったから。
だけど、あの人は何もせず、それ処か、子上殿の敵になってしまったのが何故か。
私の長年の疑問が、この手紙に書き認めてあった。










『私は貴女方の祝言の際に輿入れを了承しました。
貴女からしたら不思議だと存じます。
ですが私は……負け戦に身を投じたくなかったのです。』
「……どういう事? 曹爽殿の側に行けばこうなるであろう事が分からない人じゃない筈……」
子上殿が認めた位なのに察する事が出来なかった訳では無いだろう。じゃあ、負け戦って……。






……其処に書かれていたのは、とんでもない真実。







『私は、貴女が羨まかった。
彼の特別に……一番にいられたから。
傍にいられれば良いなら部下でも何でも良かったかもしれないでしょう……側室になれればそれに越した事はありません。
ですが私は……どうしても彼の唯一になりたかった。』



「子上殿の……唯一……」




『……最悪の卑怯な手段でしょう。赦して頂けないのは当然だと思います。
だけど、こうでもしなければ私は……彼の心に残る事も出来ない。』
「まさか……」
震える手で書簡を広げる。私の想像が外れて欲しいと広げながら願った。
だけれど、現実は残酷だった。













『……彼自身の手で殺められれば、少しだけでも心に残れる。一瞬だけでも、彼の心を占められる……浅ましく私は願いました。』
「……!!」
『どう足掻いても唯一になれないなら……ほんの一時だけでも、それが例え負の感情でも、私で一杯になって欲しかった。曹爽側につけばこうなると分かっていて……わざと私は嫁いだんです。』
……あの人の子上殿への情熱が、狂気に走らせてしまった。
子上殿の心を縛る為に、あの人は……自らの命を引き換えにしてしまったのだ。
悔しさが私を支配する。
全て、あの人の計画通りになってしまったのだから。






何故分からなかったの?
何故怪しまなかったの?





失われた命に私は……何もできなかった。






ふと手元を見返すと、まだ書簡は続いていた。
これ以上何をと思ったけど……見た以上は読み切らないといけない。この時は何故かそう思った。











『ですが、やはり私は貴女に敵わない。
どんな事をしても、やはり子上の唯一は……貴女様です。
子上は、私が出会った人の中で一番強い人です。貴女様のお力添えがあれば、私の企みも瞬く間に無くなってしまうでしょう。
こんな卑怯者が申し上げるのは大変心苦しいですが……子上を、宜しくお願いします。
貴女様だけが、子上を強く出来ます。
此れから先、苦労が多いだろう彼を……傍で支えてあげて下さいませ。』





「…………狡い人」






彼の心を捉え、まんまと企みを叶え、私に後を全て押し付けて……逝ってしまった。

















「信じられない……そんなのって……」
私の視界がぼんやりと霞んでいく。
私は……負けたの?











「……いえ、貴女の思い通りにはさせない。だから……」





子上殿、もう少しだけ……あの人を想ってあげて。













それが私の、細やかな復讐。












〜End〜
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ