宝物(小説)
□埋没
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「ただいまです・・・」
俺が契約したアパートに引っ越して早三日
家に帰るとダンボールと本の山が崩れている真っ最中だった
*埋没*
俺が呆然と山が崩れていったのを見届けると山から一本の腕が生えた
―這い出たというほうが正しいだろう
その腕は紛れもなく俺の愛らしい恋人の腕
「ヒロさん大丈夫ですか?」
腕を引っ張って体を起こさせると何事もなかったかのように彼は返事をする
「おう、野分お帰り」
「何で埋まってたんですか?」
「片付けてたら本があって読みふけっちゃって・・・」
言い訳のようにしどろもどろに答える彼に俺はため息を付いて自分の予想を言ってみた
「読み終わった本と入ってたダンボールを片っ端から周り積んでいったんですね・・・」
「・・・ああ」
「ヒロさん本に夢中になるのはいいですけど少しは周りも見てください。また大学生の頃みたいな部屋になりますよ?」
正直あの頃の彼の部屋は足の踏み場がなかった
流石にあの頃の部屋で二人で生活するスペースは無いと思う
「でもさ、本に埋もれてるときってなんか好きなんだよ。本に埋もれて死ねるなら本望!みたいな」
彼がそんなことをキラキラした顔で言うから俺はいつも本気にしてしまう
“この人なら本当にしかねない。”と
「・・・駄目です」
「なにが?」
「そんな簡単に“死”なんて言葉使っちゃ駄目です。それに―」
「それに?」
「・・・そんなこと言ったら俺本にも嫉妬しちゃうんで言わないで下さい」
これは本当に素直な気持ち
彼にこんなに愛される本に俺は嫉妬した
彼は一瞬驚いて目を丸くしたがすぐにふわりと微笑んで「分かった」と言った
まい-ぼつ 【埋没】
@うもれかくれてしまうこと。
Aある状況の中にひたりきること。
B世人に忘れ去られてしまうこと。
引用─旺文社国語辞典第十版