小話集

□涙雨
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じりじりと陽の光が照りつける中、僕は風呂敷包みを一つ抱え、三里先の質へと向かう。
中身は結婚を翌月に控えた姉さんの振袖。祖母から母、そして姉へと受け継がれたそれは、金に姿を変え、後に嫁入り道具に化ける。
朱色の布地に金色の飾り糸で彩られた蓮の花が咲き、魅せられたのは今は昔。手放すのは惜しい一品だが、背に腹は変えられない。手ぶらで嫁ぐのは先方にあまりにも失礼だ。

「どうせ……はした金になるなら、欲しがっている人に着てもらいたい」
「あら、わたくしが着ましょうか?」
「はい?」

不意に声をかけられ振り向くと、田舎道には不釣り合いな白無垢の女性が立っていた。
絹のように美しい髪、透き通った白い肌、紅よりも鮮やかで艶やかな唇。どれを取っても浮世離れした美しい人がそこにいた。

「どうせ質に持って行っても二束三文。わたくしが着るわ」
「振袖は未婚の女性が着るもの。どう見ても貴女は……」
二歩、三歩と後ろに下がり、上から下まで眺める。どこをどう贔屓目に見ても、その身に包んでいるものは白無垢にしか見えない。
「平気よ、わたくしは結婚しないもの。これはあくまでも趣味で着ていますの」と胸を張ってきっぱりと言った。
妙な流れに僕は人知れず頭を抱えた。

「まあ……立ち話もあれですし、移動しましょう。直に雨も降るわ」
「雨?」
言葉に釣られて空を見上げたものの、相変わらず陽の光は照りつけ、清々しい青が広がっていて雨の気配は感じられない。
「涙雨、半刻で止むわ。濡れたくないのなら……ほら早く移動しましょう」
背中を押され、半ば強引に木の下に移動させられる。直後に青空からポツリポツリと雨が降り始めた。

「狐の嫁入り」
「何ですのそれは?」と顔をずいっと寄せ、女性は問いかける。
「晴れた日に降る雨のことですよ」
「ふふっ教えていただきありがとうございます。ではこちらを」
口元に笑みを浮かべ、ずっしりと重みのある小袋を手渡してきた。上質な絹で作られていて、素人の目でも高価なものと分かった。

「これは?」
「貴方が一番欲しい物。お礼は後ほどいただくわ」
そう言い残すと、くるりと身を翻しどこかへ行ってしまう。
すれ違いざまに一瞬だけ見えた姿に僕は声もなく笑った。



月明かりが優しく降り注ぐ頃、僕は家を抜け出す。昼間の風呂敷包みと、とっておきの物を抱えて。

「あらあれでは足りなかったのかしら?」
「むしろ余りましたよ。一体何のつもりですか『土地神様』」
「ささやかな御祝いですわ。それより『人間』……先程から抱えているそれは?」

好奇心の固まりとなった土地神様に苦笑いし、僕は風呂敷を差し出す。

「ふふ大事にしますわね。それといくら忙しくとも供物を忘れぬように、半年も姿を見せなくて心配で……嵐を呼ぶところでしたわ」

満面の笑みで振袖を抱えてはしゃぐ土地神様を横目に、僕は人知れずため息をついた。


【終】

 

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