小話集

□黄昏シンドローム
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真っ白で無機質な部屋、時折鼻につくのは消毒液特有の臭い。
何一つ刺激のない部屋で、私は沢山の機械に囲まれベッドに横たわる。

「退屈だなあ……」

いつもなら誰にも拾われることなく消える言の葉。しかし、今日に限っては違った。

「退屈って何が?」
「だって絶対安静で一日中ベッドの上だから……って、え?」

お医者さんか看護師さん、家族が訪れる時以外は開くことの無い病室の扉が開き、女の子が顔を覗かせていた。
……面会時間はとうの昔に過ぎているのに。

「あの……面会時間過ぎていますよ?」
「初めまして、冴島雅です。よろしく」
「よ、よろしくお願いします?」

戸惑う私をよそに彼女は病室に入り、手近の椅子に座った。
見ず知らずの人と二人きりになり、気まずくなった私は、毛布を頭まで覆い寝た振りをする。
これで諦めて帰るだろうと思ったのだけど、私の予想は呆気なく外れた。


「ねえ、あなたの名前は?」と冴島さんが話しかけてきた。ご丁寧に毛布をかけ直して。

注意する気力が無くなった私は、ゆっくりと起き上がるとテレビ台の横にあったメモ用紙に名前を書き手渡した。


「なるほどね〜遠野彼方さん……ねっ、かなちゃんって呼んでいい?」
「お好きにどうぞ」

無言でベッドの高さを調整する私をよそに、彼女は話し続ける。
暫くは面倒なので放置していたけど、気が付いたら問いかけに答えていた。


「かなちゃんって髪長いね、伸ばしてるの?」
「うん……願掛けも兼ねてね」
「願掛け?」
「私ね、逢いたい人がいるの。遠い昔に別れた大切な人」
私はそっと瞼を閉じ、遠い記憶の糸を手繰る。
そう……あれは本当に悲しい別れだった。何もかもを亡くした、哀しみの別れ。
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