BOOK〜HUNTERXHUNTER〜

□Voice that does not arrive to....
1ページ/1ページ

-ゴンと会う少し前のお話-


「お願いだから、来ないで。」


自分と同い年ぐらいの少女が身体を恐怖で震わせながら、部屋の端っこにしゃがみこんでいた。 
キルアは彼女から目をそらし、ダイニングテーブルに視線をうつす。 
そこにはまだ温かいであろう食事が置かれていた。
今日は嵐のせいで、窓ガラスが雨に打たれ、酷く煩い音をたてている。
こんな日に招かれざる客が訪れるなんて思ってもいなかっただろう。 
今度は、玄関近くで血塗れになって倒れている少女の両親に視線をおとす。
この両親は自分達の幸せのため、残酷な罪を犯した。
そのため恨まれ、こういう結果になった。
だが、この少女はどうだろう。
罪は犯してないが、親のせいで殺されるこの少女は、なんなんだろう。
「……。」
キルアはもう一回少女に視線を向ける。
そして重たい足を動かした。
「…いやっ。お願い…。死にたくない。」
彼女の絞りだすような擦れた声は、雨の音でかき消された。
「……。」
キルアは少女の悲痛な声を聞かないように、雨の音に耳を集中させる。
彼女が何故殺されなきゃならないかなんて考えちゃいけない。
自分にはそんなこと考える資格がないと思う。
十二年という短い人生の中で、すでに多くの人間の命を奪ったのだから。
今さら、少女一人の命の“意味”なんて考えちゃいけない。
さっさと殺して今回の依頼を終わらせなくてはならない。
たが心とは裏腹に、身体は動かなかった。
殺せない。
「…今すぐここから居なくなれ。そしたら命は奪わない。だから、…早く逃げろ。」
キルアの心の奥底にある『本当の心』の声が溢れだした。
彼女は数十秒間放心状態だったが、キルアの言葉を理解し、コクリと頷いた。
ゆらゆらと覚束ない足でキルアを通り越し、靴をはき傘を持つ。
彼女は玄関のドアの取っ手を握る。
そしてキルアに向かって何かを言おうか言うまいか俊巡した結果、彼女は口を開いた。 


「ありがとう。」 


キルアはその言葉に驚き、彼女の方に振り向く。
憎むべき人間に贈る言葉ではないだろう、と彼は思ったからだ。
少女はキルアに背中を向けたまま、ゆっくりと玄関のドアを開けた。 


シュッ 


少女がドアを開けた瞬間、何かが切れる音がした。
キルアにはその音が何か瞬時に理解できた。
「なにやってんのー、キル。ダメじゃないか。」 
手にベトリと血をつけた黒髪ロングの無表情な青年が立っていた。 
青年が言葉を言い終わった時、逃げようとした少女の首が綺麗に切られ、床に転がった。
「…。」
つい先程、自分にお礼を言った少女は叫ぶ間もなく無残な姿となった。
だが、キルアは泣き叫ぶわけでもなく、怒鳴るわけでもなく、ただただ転がった少女を見つめていた。
「ごめん、イル兄。」
そう呟いた時、自分自身の感情が黒いドロドロとした血のような液体に支配されていくのを感じた。
「今度からは気を付けるよ。」
自分が今、どんな顔をしているか分からない。
「まぁいいや。このことは父さんには言わないでいてあげるよ。…さっさと帰るよ。」 
イル兄と呼ばれた青年は踵を返し、嵐の中へと消えていく。
キルアも彼に続くように歩きだしたが、玄関前で足を止める。
彼の背後には先程の少女が倒れている。
もう永遠に動くことはできないだろう。
助けようとした命は一瞬で消え去った。
まるでその命に“意味”などないように。 


「ごめん。」


キルアのその小さな声は豪雨によってかき消された。

彼の謝罪は誰にも聞こえない。


届かぬ声は消えてなくなる。


end

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ