祐悠

□きっかけは〇〇
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「前髪伸びてきちゃった」

たった今まで、そこに居るという気配すら感じさせない集中力で漫画を読み耽っていた祐希が言ったのは、漫画の感想ではなく自分の状態だった。

あぁ、可哀想に。俺は漫画に対しそう思った。あんなに一生懸命に読まれてたのに感想一つ貰えずにいるんだから。

しかも、祐希は風呂上がりだったはずだ。髪の毛からの雫が垂れてしまうかもしれない状態で漫画を読むなんて。
前に俺が絞り切れてない雑巾から水を垂らした事で喧嘩になったけど、こういうの見てるとアレは一体何だったんだろうと思うよ。要するに祐希は自分勝手なんだよね。そういう気持ちを全部飲み込んで、俺は最も妥当だと思われる言葉を一言。

「……切ればいいじゃん」
「何、今の間」
「んー、ちょっと考え事」
「ふーん。」

祐希は不満げに、とりあえずというような返事をした。その後会話は続かずに、何かを書く音とページを捲る音だけが部屋を支配した。

静かでいい。今日は捗りそうだ。そう思った矢先、祐希は「ねー、前髪伸びてきちゃった」と、先程も聞いたようなフレーズを口にした。所詮嵐の前の静けさか。

「だから、切ればいいじゃないですか」
「そうじゃない、そうじゃないんだよ。俺が知ってる悠太なら、『そっか、前髪伸びちゃったか。じゃあ俺が切ってあげよう』って言うはずなんだよ」
「…俺はそんな人知らないなぁ」
「もう、悠太ったら謙虚なんだから」
「何それ気持ち悪い」

しつこい祐希を一言で切り捨てて、再び集中し始めたいところだったが、祐希はまたもやそれを阻止しにきた。ハサミを俺の目の前に差し出し、「お願いします」と言う彼。刃先をこちらに向けてお辞儀してる辺り、礼儀正しいんだか正しくないんだか。少なくとも「めんどくさいな、」と言いながらハサミを受け取る俺は優しいと思った。


「どれくらいがいいの」
「俺が寝転がって漫画読むときに、目にかからない程度でお願いします」
「そういう注文は困りますねお客さん」
「じゃあ適当でいいや」

最初からそう言えばいいのに、と俺は祐希の前髪を手に取りながら思う。さらさらとした髪質だ。触っていると心地いい。

そこで俺は、なんとなく。祐希の前髪をすべて掬い上げて、「?」となっている祐希の顔を見ながら、軽く口付けをした。

祐希は軽く驚いたような素振りを見せた後、ふふ、と嬉しそうにして

「やっぱ、切らなくていい」

と俺の優しさをばっさりと切った。なんでよ、と少し怒りながら聞くと、祐希は口元を緩めて言った。

「前髪を退けてまで、おでこにキスしてくれた悠太が可愛かったから?」
「なんで疑問形なんですか」
「まぁ本当の事を言うと気が変わったからです。悠太からそういう事してくれるという事は、つまり」
「……つまり?」

聞き返した俺の唇に、祐希はいきなり噛み付いてきた。すぐに舌が入ってきて、俺のと祐希のが絡み合う。息も絶え絶えになってきた頃にようやく祐希は俺を解放して言った。

「つまり、前髪切るより契りを交わそうという事ですよね」
「何それ。全然かっこよくないよ」

俺は笑って、ベッドに誘う祐希の手を取る。何がきっかけかなんて、そんなのはどうでもよくて。ただ、無理矢理な祐希にのってあげてる俺ってやっぱり優しいな、なんて思いながら、意識が切れてしまうくらいの快感に身を委ねた。

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