story
□フローライト
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遠くで私を呼ぶ声が聞こえる。
でも、私にはわからない。その後に続く言葉も、その声の主さえも。
「いってきます」
勢いよく玄関のドアを開けると同時に、日本特有の湿気を肌に感じる。
「……遅い」
いつもよりちょっと低めの声と細められた目。朝から機嫌が悪そう。
でも、そんなことは、私の気にするところじゃない。
「瑞生」
「…なに」
だって。
名前を呼べば、振り向いて返事をくれる。
言葉なんていらない。貴方が私を知り尽くしているように、私も貴方を知っているから。
だから、例えば全てが変わったとしても、貴方は貴方のままでいて。
私に示してよ、世界には変わらないものもあるんだって。
教えてよ、私の声は、まだちゃんと貴方に届いてるんだって。
──fluorite