無双

□EPISODE 5.25
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 フォローしたいのは山々だが、すずかには笑うことしかできない。

 それほど、師宗の学力というのは酷い。とにかく、酷い。


「えと……師宗さんってそんなに……」

「論外よ。論外。話にならないわ」

「そ、そんなに……」


 勉強は出来なそうだとは思っていたが、いたが。フェイトは少しばかり、師宗に対して夢を抱いている部分があった。

 性格もあって中々目立たないが、見方によってはなのは以上に師宗依存体質になってしまったフェイトにしてみれば、師宗を過大評価するのは無理もないことで。どころか、信奉に近いような感情すらも抱いている。

 あえて目を反らしていたものを見せつけられたような、そんな心持ちであった。


「その、ね、フェイトちゃん……」

「? なに? なのは」

「師宗さんは1足す1も出来ないかもなの」

「え、えええええ!?」


 らしくもない大きな声。

 幼稚園児だって出来るだろう。それは。計算とかそんなレベルじゃないだろう。数字が出来ないとか、そんなものに収まるようなものではない。

 常識破りな師宗。物理法則すらも無視するような数々の所業を見てきたが、これこそが、一番の常識破りだ。

 普通じゃ、ない。


「数を数えられるのも、五つくらいまでだし……」


 それ以上になると、頭がこんがらがり始める。猫を数えられず、オーバーヒートしていたのをすずかは思い出す。

 猫に狩られる鳩にだって数を数えられるというのに。


「ええ……」

「まあ、これは算数の例だけど、他も色々と酷いわよ?」

「もう、いいです……」


 なんとなくを先は見えた。先の見えない結果だったけれども。


「ただ、最近はちょっと違うんじゃないかな、って思うのよ」

「そうなの?」

「師宗さんが頭悪いのは理由在り気なんじゃないかって」


 弁当からおかずを一つ摘まみながら、アリサは言う。


「始めは単に脳筋なだけかと思ってたんだけど、よく考えると師宗さんはただの馬鹿じゃないじゃない。むしろ、鋭いところもあるでしょ?」

「うん」

「それは……」


 認めるが。

 師宗は単純に馬鹿なわけではない。大馬鹿ではあれども、その実、政治的な判断を汲むこともある。


「疑問に思ったのは、師宗さんの見ている景色が私たちの見ている景色と同じなのかってとこ。あれだけ無茶苦茶な人なんだから、紫外線だとか赤外線とかも見てても可笑しくはない感じしない?」

「あー」

「なんか、当たり前って感じもするの」


 違和感がない。腕力だけではなく、視力、聴覚、嗅覚、味覚、触覚――五感に加えての第六感すら、桁違いの感覚を師宗は持っているのだから。


「それと、師宗さんがたまに言う、浄、っていう単位。これって、漢字圏で0以上1未満の数を表す単位なのよ」

「えっと、0.1とか、0.01とか、そういうこと?」

「そ。で、浄は正確には清浄って単位のことなんだけど、ギリシャ語ではセプトとも言われるわね。ゼータの反対よ。十のマイナス二十一乗、十垓分の一、0.000000000000000000001ってことになるわ」

「桁が大きい……ううん、小さすぎてなにがなんだか……」


 普通、そもそも垓なんて数字は使わない。まさしく、天文学的数字。


「電子だって、それよりも大きい十のマイナス十八乗よ? もし、師宗さんが言う通りそんな世界で生きていたとしたら、一の概念をそもそも理解出来ないでしょうね」

「でも、アリサちゃん。この際だから、人体の構造上の問題とかはおいておいて」


 すずかもまた普通の人間ではない。普通の人間以上の能力を持っている。しかし、それはあくまで人体の延長線上にある、強化されたものでしかない。

 いくら師宗が規格外の力を持っていようとも、そこまで埒外の能力を保持できるかは、まあ、師宗さんだから、で放っておいて。投げ捨てておいて。


「それを教えた人は、誰なのかな」


 そう。師宗が自力で自分の世界が清浄の世界であると認識出来るわけがないのだ。

 他人と違う世界を感じているということを知ることは出来ても、具体的な数値を出せるわけがない。そもそも師宗には、数字の知覚が出来ないのだから。

 師宗と一般人の感覚の橋渡しをした人間が必ずいるはずだ。そうでなければアリサの仮説は成り立たない。ただでさえ、突飛にもほどがある仮説なのだ。


「さあ。ただ、師宗さんに聞けば教えてくれるかもしれないけど……私はその人にあったら、一発ぶん殴ってやりたいわね。その人なら、師宗さんに普通の教育が出来たでしょうに……」


 師宗の学力の低さの原因だとは一概には言えないが、しかし、今の師宗よりも賢くなる可能性があるのは事実だ。

 アリサの勝手な憐れみではあるが、それでも。


「うーん、師宗さんに勉強をさせようってウチのお父さんとお母さんが考えたことがあったんだけど……」


 高町家と正式な交流が生まれたのは、四年前、師宗が十五歳の時。当然、直ぐに一般的な同年代に遠く及ばない学力しか持ち合わせていないことはバレたので、桃子主導の下、師宗教育プログラムが実施された。

 が。


「もの凄い怒って逃げちゃったの」

「……………………」

「師宗さんらしいね」

「本当に」


 ありありと、その様子が思い浮かべられる。高町家はその日、戦場になった。恭也、美由希、士郎の高町家戦闘部隊が動員されたが、何分、恭也と美由希は未熟、士郎は病み上がり。そもそも相手は最強(御中師宗)である。

 本気になった師宗を止めることなど出来やしない。そういうものである。




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