無双

□EPISODE 5
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 爽やかな朝だ。日の光が窓から道場の中に射し込み、幾筋にもなって中を照らし出す。十二月にもなると寒さも一入だが、乾いた空気と相俟って、それなりの心地好さというものがあった。

 だが、そこは違った。そこだけは違った。

 チリチリと肌を突き刺すような圧迫感。静電気が常に放出されているような緊張感。ともすれば火花が散るような威圧感。

 それらが高まり、練り上げられ、更に場が引き締まっている。御中師宗と高町恭也。武人と武人のぶつかり合い。物理的な接触はまだだ。だが、試合が始まる前から勝負は始まっている。とっくの昔から、衝突している。

 壁際に座るなのはとフェイトは、眠気など消し飛ぶそれを肌で感じ、自然と姿勢を正していた。

 脇に座るユーノとアルフは、その毛を逆立てている。


「シィィィィィィィ――」

「フゥゥゥゥゥゥゥ……」


 限界まで高まり、凝縮された空間。

 臨界の点を、審判である美由希は見切った。


「始め!」


 その瞬間を彼の二人は待ち望んでいた。全くの同時に二人は動き出す。

 片や手刀、片や木刀。どちらも鉄ではないが、そこにあるのは正しく、刀。物を斬り、者を断つ刃。

 一合目。手刀と木刀が重なると、ガッという音が響いた。鍔迫り合いの様相を取るが、しかしそれも一瞬のこと。弾き合い、距離を取る、かと思われたが、師宗も恭也も直ぐ様距離を縮めた。芸術的なまでの足運びは一切の隙というものを感じさせない。

 再び、二人は切り結ぶ。嵐のような猛攻を柳のように受け流す。あるいは、真っ向から迎え撃つ。どちらが、ではない。どちらもが同時に行っているのだ。攻撃をしながらも攻撃を受ける。

 目まぐるしいまでの攻防。それを、なのはもフェイトも目で追えたが、追えるだけだ。もし、実際に戦うとしたら、対処出来ないだろう。

 二人のポテンシャルは相当なものである。非凡の部類に属するような、二人。なのはは運動というものが苦手だが、その体には恭也同じ不破の血が流れている。

 フェイトまた、大魔導師プレシア・テスタロッサの血を濃厚に引いている。血筋からして、素質が保証されているが、しかし。それはあくまで素質だけに過ぎない。

 二人とも、年単位での鍛練を、血返吐を吐くほどの修練を積んだわけではない。

 彼女達がしてこなかったことをしてきた彼らの姿に、息を飲む。


「すごい……」


 無尽蔵の体力を活かしてダイナミックに動き回る師宗と、速度を利用して小回りを効かせ立ち回る恭也。

 師宗の鋭い、コンクリートに穴を開けるような突きを首の位置をずらすことで回避し、恭也は横薙ぎに木刀を振るう。

 が、師宗は上体を後ろに逸らすことでやり過ごし――空気を切る、ではなく押すような音。

 ボッと恭也の顔スレスレの所を師宗が突き上げた脚が通過した。

 だが。恭也はそれに頓着することはなかった。既に避けた攻撃に興味は移さない。一歩。一歩を踏み出し、師宗に切りかかる。

 今、師宗はバランスを崩している。通常ならば、後ろに倒れているような、無茶な姿勢だ。

 だが、その程度、何でもない。迫る木の刃に左手を一閃させれば、恭也は力のままに木刀を遠ざけるしかない。真正面から受ければ、力負けするのは、目に見えている。


「ゲラ」


 一言。笑いが溢れた。

 上げていた足が、叩き付けるように、否、叩き割るように下ろされる。


「――――ッ」


 規格外の威力の込められた烙印の如き脚。恭也は避け、


「ハッハア!」


 目の前に師宗の頭が迫っていた。木刀を翳すが、自動車にぶつかられたような衝撃に襲われ、木刀は撥ね飛ばされる。

 ここで終わりにはしない。師宗は両腕の拳を握る。


「睦月・百六日ァ!」


 捻りと共に打ち出される一撃にして二撃。威力は必殺。狙うは、鳩尾。

 完全なる止め。だが、それは止めにはならない。


「お?」


 師宗の腕は静止していた。勿論、師宗の意思ではない。静止されている。一瞥する程度では、見ることは敵わないだろう、細さの糸が師宗の手に巻き付いていた。二本の腕を纏め、運動を零にした。

 御神流は、刀だけを扱うのではない。暗器も使える。いや、その用途を考えるのならば、むしろ、剣も使える、といった見方も出来るようなものだ。暗殺を、人を殺すための流派。人を殺すことで人を生かすが彼らの原理。

 空中を回転しながら落ちてくる木刀を掴む。




無双
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