無双

□EPISODE 1
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 季節は移り変わる。

 海鳴市にはとっくに冬が訪れていた。師走の朔日。身を突き刺すような寒さが連日続く。海鳴に接する海からの風の影響で、空気は乾燥しておらず、適度に湿度は高かった。乾燥警報とは無縁ではあるが、一年中の塩害を考えると、そうも悠長には言えなかったりする。

 草木はすっかり葉が落ち、淋しい雰囲気を漂わせていた。落ちた葉が積もり、稀につむじ風で巻き上げられ、さらわれてゆく。その行く先は、誰も知らない。枯れ葉達も知らない。

 朝も早い時間には、町中を歩く人間の数はとても少なく、疎らと言えるほどですらない。特に用事が無ければ、誰も好き好んで外に出たりはしないだろう。

 つまり、用事があれば、外に出るということ。高町なのはがその例に当たる。アルバイトも出来ない小学三年生がどこで何をするのか。

 高町家から十数分歩いたところにちょんと存在する、山。高度は百と少し。夏場にはカブトムシを取りにくる子供がいるくらいにゆるゆるとした山だ。しかし、今は冬。裸の木と、針葉緑樹が入り雑じって乱立しており、生き物の気配は感じられない。山そのものが休んでいるようであった。

 そこにある、寂れた和風の屋敷。山中にあるからかそこまでの大きさは無く、一般的な一軒家よりも少し広いくらいの大きさ。けれども、屋敷と呼びたくなるほどの風格があった。

 何十年、ひょっとすると百年とそこにあり続けたように苔蒸し、屋根から草が飛び出している有り様の屋敷は、一応、所有者がいる。

 とはいえ、所有者はあくまで持っているだけで、住んでいるかはまた別の話。

 うっすらと細かい砂や黒土がこびりつき、葉がちらほらと落ちている縁側に几帳面に畳まれた着替えを置き、更にその上に赤い宝玉を乗せ、なのはは庭――木を適当に切り、適当に均したそこに立つ。


「それじゃ、今朝の練習の仕上げ、シュートコントロールやってみるね」

『わかりました』


 なのはの声に機械的な音声で宝玉、レイジングハートが応える。


「リリカル・マジカル!」


 なのはの足下に桃色の光を放つ円が展開され、一瞬の内にその中に幾何学的な模様が描かれた。俗に魔法陣と表現されるものと酷似したそれは、やはり魔法陣であった。

 魔法を使う為の、陣。


「福音たる輝き、この手に来たれ。導きのもと、鳴り響け」


 練習途中に空にした空き缶を頭上に出来るだけ高く放り投げる。

 缶は緩やかに回りながら、その高度を上げていった。標的から目を逸らさず、なのはは集中力を高める。出来る。そう強く思う。出来る。自分ならば出来る。そう念じることで、より精度を高める。メンタルの安定は、何だって重要なのだ。


「ディバインシューター、シュート!」


 ハンドボールよりも大きく、ドッジボールよりも小さいくらいの桃色の光球がなのはの掌に生成された魔力弾、ディバインシューター。

 空き缶の運動エネルギーと位置エネルギーが釣り合い、そして、落下に転じた瞬間。

 光球が空を駆けた。空き缶に一直線でぶつかり、再び、上空へとその位置を強制的に戻す。


「コントロール……」


 その動作を繰り返す。カンカンと、缶の中で響く音が何度となのはの耳に聞こえてきた。


『][、]\、]]、]]T』


 なのはが魔法と称されるこの技術に出会ってから、まだ半年程しか経っていない。殆どぶっつけ本番で実戦に参加することになった彼女は、魔法の大本、【魔力】というものの制御が甘かた。

 なのはの基本戦闘スタイルは潤沢な魔力からの大火力の砲撃がメインウェポンとなっているが、かといって、細かい作業をしなくていいというわけではない。むしろ、だからこそ、必要だ。

 魔力スフィアを一つだけ丁寧に繊細に生成し、それを維持したまま正確に缶を打ち上げる。

 ライバルと見定めた少女と分かり合うべく【軽度の】戦闘訓練は受けたが、半年前まではなのはの中で眠り続けていた、魔力という概念を理解したというにはほど遠い。

 理論派よりは感覚派寄りのなのはは、ここ最近毎日鍛錬を重ねていた。


「アクセル!」


 より集中力を高めれば、ぐんと速度が上がる。リズミカルに缶が跳ね飛ぶ。

 その場に留まるように幾度も瞬間的に多方向から缶にシューターを叩き付ける。


『LX――L]――L]W――L][――L]]V――]C[――C』


 レイジングハートのカウントを聞き、殊更大きく打ち上げた。くるくると回転しながら、缶が宙に舞う。


「ラスト!」


 シューターを大きく動かし、水平に落下してきた缶を撃ち、飛ばした。

 回転しながら放物線を描き、庭の隅に設置したゴミ箱に向かい――角に当たって、弾かれた。


「はぁ〜」


 望んだ結果が得られず、緊張も解けたこともあり、大きく息を吐き出す。


『よい出来ですよ、マスター』

「あはは、ありがとレイジングハート」


 空き缶を拾い、大分中がかさばってきたゴミ箱に入れる。回収業者はいないので、ある程度貯まったら纏めて持ち帰ることになのははしていた。一つ一つ処理をしていけばいい話のはずだが。


「今日の練習、採点すると何点?」

『約80点です』

「そっか」


 もっと頑張らないと。自分に言い聞かせる。たった八十点では、足りなのだ。なのはの目指す先は、遠い。

 家主不在の屋敷から出、山から降りる。

 十二月一日、午前七時の出来事だった。




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