短編

□くいものがたり
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「そんなことよりも、はよせい!」

「うー、分かったよ……って、このまま入るのかい?」

「何を疑問に思っておるのだ? 貴様様は」

「いや。普通に恥ずかしいって」


 君は子供だからいいけどさ。


「ぐだぐだ抜かすなこのたわけ!」

「青い忍者みたいなこと言わなくても……」

「ええい、貴様様は儂にミスドを食わせる気がないのか! ここまできてお預けをされる儂の気持ちにもなってみろ! 最終手段に打って出るぞ!」

「……最終手段?」


 嫌な響きだ。とっても。


「泣くぞ」

「え?」

「物凄く泣くぞ。恥も臆面も無く泣くぞ。ビービー泣いてやるぞ」

「さあ! 入ろう! 急にミスドを食べたくなったぞお!」


 あまりにも……あまりにも……! こんなんでいいのか、こんなんで!

 いくらなんでも! 忍ちゃん!

 強要され、決死の思いで僕はミスドに突入した。その時の店員さんの反応は言わないでおくことにする。



「うまー。まじうまー」

「ああ、もう、口の端に付いてるよ」


 ハンカチで忍ちゃんの口を拭う。ふき終わるやいなや、幸せそうにドーナツを食べ始める。

 誰が彼女を、かつての最強の怪異、怪異殺しだと思うだろうか。


「むう、やはり定番はいいものじゃな。しかし、限定版は限定版でまた違った良さが……」


 誰がミスド評論家になると思っていただろうか。


「しかし、この猫、とことん仕事を選ばんのう」

「選べないんじゃないかな」


 忍ちゃんは某超有名猫キャラクターを象ったドーナツを摘まんでいた。

 一応言っておくが、羽川さんではない。かわいいけど、違う。


「儂もコラボしてやってもよいのじゃがな」

「なんで上から目線なのさ」

「猫にやれて、儂に出来んことがあるか!」

「動物は受けがいいからねえ」


 困ったときには動物か子供を使えが、広告業界のお約束である。とはいえ、少女の忍ちゃんがコラボしたところで、需要は……まあ、なくはないか。

 小さい女の子に人気が出るかもしれない。あとは、大きいお友達とか。


「大体、黒猫でもない真っ白けっけの毛玉の癖に、なぜハロウィーンに起用した。ここは儂じゃろ、蝙蝠じゃろ」

「ハロウィーンで蝙蝠は添え物みたいな扱いじゃないかな」


 メインじゃなくて、飾り物のイメージ。それならまだカボチャの方がメインっぽい。


「カボチャ頭とな?」

「いや、そういう意味じゃないから」

「そうじゃの、儂がカボチャのコスプレをすれば、可能性はあるかの」


 カボチャパンツなカボチャ穿いてと、忍ちゃんは言う。


「必死すぎるよ……なんでそんなにキャラクターをやりたいのさ」

「マスコットになる→ドーナツが充実→心が豊かなので性格も良い→やったね忍ちゃん! マスコットにならない貧弱吸血鬼→食生活が雑魚→心が狭く顔にまででてくる→いくえ不明 」

「なんでさ」


 ブロンドじゃん、君。ブロンドさんなの?


「マスコットになれば、好きなだけドーナツが食べられるというものじゃ。これぞ我が黄金生活!」

「安い黄金生活もあったものだね……」


 だから、君、吸血鬼。人の生き血を啜る、大怪異、だよね?


「ぬぬう、今から店員にアプローチをかければ、マスコットになれるやもしれん。儂はやるぞ」

「やめてください。ていうか今からマスコット決定したところで、ハロウィーン終わってるからね? そんなすぐにどうにか出来るものじゃないんだから」

「なんと。来年までお預けとなるのか。それは由々しき事態じゃ」

「なんで採用決定前提なの?」


 自信満々である。この辺りは、かつての忍ちゃんのままなのだけれど……

 いや、でも、ねえ。

 全身の感じとか、目的とか考えると、もう。


「では、少々遅れるが冬のマスコットを狙うとするかの」

「少しは堪え性を見せたらどうなんだい、五百歳」

「何を言うか。最優先事項を遅らせるのじゃぞ? これは最大限の譲歩という奴じゃ」

「君にとって、ドーナツってなんなんだい?」

「時に我が主様よりも優先されるべきものじゃ」

「なぁんでぇー」


 暦<ドーナツ。

 なんてこった。誰だよ、この吸血鬼にドーナツの美味しさを教えてしまったのは……あ、僕だ。


「貴様様には感謝しておるぞ。ドーナツの伝道師」

「そんな名前はいらないから!」

「ぶっちゃけ今こうして話してやっておるのも、ミスドの素晴らしさを教えてくれたからじゃぞ?」

「ドーナツがフラグ回収イベントだったのか……」


 すごく、微妙な感じだ……

 忍ちゃんにとって、僕の存在価値って、ドーナツかあ。

 いや、人間=食糧の彼女に覚えてもらっているだけでも、御の字なのかもしれない。まあ、豚に名前を付けているようなものなのかもしれないけれど、どうなんだろう。

 彼女は彼女で、かつての怪異殺しではなく、忍野忍という一存在になっている、らしい。まだ確定はしていない、仮説だけれど。


「かかっ。貴様様よ。重要なところを勘違いしておるぞ」


 オールドファッションを食みながら、忍ちゃんは言った。


「儂は貴様様を人間とは認識しておらん。かといって、怪異というわけでもない。そういう珍しいものじゃからな、憶えておくくらいのことはするわ。とはいえ、今では儂や我が主人様も同じというから、面白いものじゃ」

「僕は人間だよ。少なくとも、そう思っている」

「人間が吸血鬼だと思ったところで、吸血鬼にはなれん。そういうものじゃろうて。貴様様がそういうからには、貴様様はそうなのじゃろう。だがな、貴様様よ。周りはそう思うとは限らん。片方の眼球が蠅である貴様様を誰もが人外であると思えば、そうなるのじゃ。周りが黒になれば、白は黒になるか、取り除かれるだけよ。人間の考えたボードゲームは中々に弁えておるではないか」

「怪異(君)らしい言葉だね。納得しちゃうよ」


 怪異は、己で己の姿を保つ訳ではない。伝聞、畏れ、信仰。その他、その他。そういったものが、象っているのだ。

 怪異を象るものが姿を変えれば、怪異はそれに準じた形となる。一部分とは言え、怪異の僕は、か。


「それでも、僕は人さ」

「奇妙な人間じゃのう。人間にあることに固執するとは。昔はあれじゃぞ? 儂に土下座してまで吸血鬼にしてくれとか、そういうのもいたんじゃぞ?」


 まあ、吸ってやったが、と続け、ソフトドリンクに口を付ける。

 ストローが染まった。


「貴様様のような特異例ならば、思うところも違うのかもしれんが、拘り過ぎるのも、どうかと思うがの」

「胆に銘じておくよ」

「胆は癖があるのう。それがまたよいのじゃが」

「誰が食べる話をしてるんだい? マスコットはそんな物騒なことは言わないよ」

「話は最後まで聞くべきじゃぞ、貴様様よ。儂はこう続ける予定じゃったのじゃ。それよりもドーナツの方が美味しいなー」

「どこにドーナツとレバーを並べるドーナツ屋があるのさ」


 なぜレバーを引き合いに出す。

 風評被害も起こりうるんじゃないか。


「ならば、血よりも美味いでどうじゃ。これなら、よかろう」

「なにもよくなってないから」


 むしろ悪い。トマトジュースならともかく。


「ならなにならよいんじゃ」

「そもそも対比しちゃだめだよ。ネガティブキャンペーンは日本人には受け入れがたいしね」

「むぅ? ネガキャンとはなんじゃ。どんなドーナツじゃ。いつ食える」

「知ってて言ってるね、忍ちゃん」

「さあ、知らんの。儂が知るべきはドーナツじゃ」

「ドーナツキャラっていうか、食いしん坊キャラになってないかい……?」

「なんじゃと? 言っていいことと悪いことがあるのだぞ?」

「山程のドーナツがもう空なんだけど……」


 散財である。それもドーナツで。


「む。おかわりじゃ」

「はいはい、帰るよ、忍ちゃん」

「いやじゃー!」


 駄々をこねるの忍ちゃんを引きずり、ドアを潜ろうとすると。


「雨じゃの」

「雨だね」


 いつの間にかで外はどしゃぶりの雨だった。ごうごうと音を立てて降っている。


「これは困ったのー。儂はこれでも吸血鬼。流水の中を行くなど、難易度ベリーハードじゃ。まさかと思うが、強硬突破とは行くまいて」

「………………」

「おお、そうじゃ。ただ雨宿りをするだけでは不義理にもほどがあるのう」


 忍ちゃんがにやにやと笑う。どうやら、破産しそうだった。
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