短編
□東方列王子記
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残念ながら落ちない。
ドカンと。それもう、素敵に鍋から起こった謎の爆発は、子規と魔理沙をその威力によって、魔理沙の家から弾き飛ばした。
黒い爆風が窓から玄関から吐き出された先に、転がる。暫く言葉もなく踞っていた二人だが、むくりと示し会わせたように起き上がった。
「ギャグパートじゃなきゃ即死だったぜ」
「白衣がなければ即死だった」
「いや、その理屈はおかしい」
突っ込みを受けながら、子規は魔理沙の手を引き立ち上がらせたぱんぱんと白衣を払う。
その行為は普通の、ごくごく普通のものであったが、魔理沙は妙な、異様なものに気付いた。
「って、なんで埃一つ付いてないんだぜ?」
真っ白だ。染みすらない。あれだけのものに巻き込まれておきながら、である。まさか回避したのか、とも思ったが、子規の顔や髪には埃や煤が付着していた。
ついでに、白衣の下のスーツにも土が付いていた。本当に、白衣だけが無事なのである。
「最新技術を使った特殊素材なんだ」
色々、本当に色々あって、手に入れたものである。汚れは特殊な繊維、織り方によって、ほとんどつかない。バッチコイカレーである。強度はそれなり。ついでに、細菌の繁殖を抑えたりといった効果もあったりもする。
御値段は、まあ、驚きの御値段である。それも、高い方に。
「河童が食いつきそうだな……」
「え? 河童が?」
河童といえば、水辺の代表的な日本妖怪である。皿を持っていて、胡瓜と相撲が好きな、そんなイメージのある。間違っても、魔理沙の言うそれとは合わない。
幻想郷住まう幻想の存在たちは現実に伝わるそれとは異なることあるのは重々承知している子規だが、だが、それおかしいと断じて言える。
「ああ。奴らは白衣が好きで好きでたまらない連中なんだ。三度の飯よりも、キュウリよりも!」
「なにやってるんだ河童ぁーっ!」
そんな河童がいるか! 思いっきり言ってみた子規だったが、微妙に確信はなかったりもする。
だって、ここは幻想郷。ありといえばなんでもありで、ないといってもやっぱりありの世界だ。
「しかし、爆発するなんてなー。ああー、ああー、八卦炉大丈夫か?」
丁度足元に転がっていた、掌に収まる平べったい八角柱のアイテムをミニ八卦炉を魔理沙が拾い、魔力を流し込むと、小さく火が灯った。
とりあえず、致命的なダメージはないようだと一安心し、どうせなら今度メンテナンスを頼もうかと思う。
「まあ、常識的には爆発なんて事態はまず起こり得ないはずなんだけど……」
「幻想郷は、非常識が常識になるらしいぜ?」
いつだったか聞いた受け売り。
外の世界で否定された概念たち。現実から非現実に。常識から非常識に。そうして追いやられたものたちはここ幻想郷に引き寄せられ、反転する。
忘れ去られた神々や妖怪たちがここでは生きている。
「なるほど。起こらないはずの事が起こってもおかしくはない、か」
なんでもかんでも起こるわけではない。やはり一定のラインが存在し、幻想郷というものを形作っているのだ。
ただ概念が、存在が流れ込んでくるだけならば、そこに生まれるのはカオスだ。天地開闢以前、神代七代よりも更に前の、なんの区別もない世界。神話以前。根底にある概念に、他の概念を積み上げていっているのだろう。
「まあ、こんなこと滅多にないんだけどな」
「度々あっても困るよ……また掃除かな」
「器材とか、大分やられたか? 参ったな……」
本当に貴重なものはそれなりに守っていたり、しまったりしているが(というより子規が仕舞ったが)、今使っていた道具は無事では済まないのは目に見えていた。
「ごめんね」
「ん? じゃあ、慰謝料変わりにいつぞやの変なナイフくれ」
子規の持つナイフ。それは、ナイフというにはあまりにも妙な形状をしている。刃も柄も全て金属で作られており、柄が長く、刃は短い。
子規はいくつか見た目は同じものを所持しているが、その中でも飛びっきりのものを前々より狙っていた。
「それは出来ないね。これは君の手には余る。人間全員に、人類という種族が持っていてはいけないような、そんな代物だよ。あってはならない、とんだバランスブレイカーだ」
「ルールブレイカー?」
「破戒すべき全ての符は関係無いよ……って、これは君が知っていていいようなネタじゃないって」
「気にしちゃいけないぜ☆」
「語尾に星を付けるな」
無性にいらっとした子規だった。
今日も突っ込みが妙に冴える。本人としては、別に望んだわけではないのだが。周囲のお陰、周りのせいである。
「にしても、そんな御大層なものなのか? ただのナイフだとは思ってはいなかったけどな」
「まあ、ね。とはいえ、何があっても誰にも渡すつもりはないよ私欲だとか、そんなことは置いておいてね。本当は処分してしまうのが一番なんだろうけどさ」
「ええ? なんだか知らないけど、勿体ないじゃないか」
だったら私に寄越せといった口振りだった。そういう女なのだ。
その人間らしい強欲振りに、子規は笑う。
「はは。諸々の事情があるんだよ」
そう。諸々の。それも、特大級に面倒であったり、ヤバかったり。これを子規に与えた人物はひょっとしたら、体のいい厄介払いをしたかっただけなのかもしれないと邪推してしまうほどには厄介事は付属してきた。
「ふうん。ところでさ」
「なんだい?」
「外に出て随分時間経つけど大丈夫なのか?」
ここはどこか。
魔理沙の家の外である。
つまり魔法の森である。
そして、既に十分が経過しようとしていた。
「ええっと――ぶはあ」
「ああああああああ!」
口から大量の血を吐き出し、子規は倒れた。
「……まだオチないのか」
魔理沙の家のベッドに寝かされた状態で目が覚めた子規の第一声がそれであった。
「爆発オチで駄目だったから、今度は倒れるオチを狙ってみたんだけどなあ」
「残念ここからはシーキューブ……じゃない。Cパートだぜ」
「僕が言えた義理じゃないけど、でも、君がいっちゃいけないと思うんだ」
「気にしちゃいけないZE」
「語尾をローマ字にするな」
メタである。
一拍置いて、子規は溜め息をついた。
「しかし、看護イベントというのはなんかこう、もっと違うものな気がするんだ」
「そうか?」
椅子の背もたれに向き合うように座り、組んだ腕に顔を乗せた魔理沙はそう返した。トレードマークである帽子は適当なところに置いてあり、やや癖のある金髪は空気に触れている。
ガラスが飛んだ窓は、天狗の新聞紙で応急処置として塞がれている。ドアは無理矢理嵌め込まれたようだ。
「まあ、ね。ねえ、魔理沙ちゃん」
「なんなのぜ?」
「盗ったものを返しなさい」
「なんのことだぜ?」
「とぼけないでくれ。僕はボケを逃しはしないよ」
子規は、倒れるまであったはずの重みが無くなっていることに気付いていた。気付かないわけがない。看護のために外したという考えもあるが、 相手はあの魔理沙だ。そんなわけがない。
ちぇ、っと口を尖らせ、魔理沙はポケットからナイフを取り出した。銀色に輝く、解剖刀。
子規は返却するよう手を出したが、魔理沙はなにかを思い付いたのか、にんまりと笑った。
「医療費だ」
「君にはいくらか薬品を持っていかれている。君はツケだと言った。なら、今回そのツケを払う時だ」
「じゅ、十秒で論破された……」
「はいはい。全く」
魔理沙からナイフ、『孤泣き(アーククライ)』を回収する。
傷の一つもない、ナイフを、ホルスターに仕舞った。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
沈黙が続く。
「………………落ちた?」
「………………落ちたな」
「落ちた!」
「落ちた!」
「「いえー」」
ハイタッチをする二人。
だが落ちていない。