短編
□東方列王子記
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Stage 2
暴食マスタースパーク
魔法の森、というところがある。人里離れたところにある森で、薄暗く、じめじめとした空気が森の中を満たしている。そのせいか、森にはあちらこちらに茸が生えている。それも、群生と言ってもいいくらいに、大量に。
しかも、幻覚作用を持った胞子を撒き散らしたり、瘴気を発生させたりと、とにかく、人間には優しくない環境が広がっている。しかし、魔法使いにとっては過ごしやすい環境である、とか――なんとか。
ちなみに、そういった場所であると聞いて、腐海だと思った人物がいた。というか、まあ、春夏秋冬子規その人であるのだが。
そんな、魔境に突入するのは、自殺行為である。まともな人間は五分保てばいい方らしい。
ますます腐海である。しかし。春夏秋冬子規は、魔法の森に訪れることになった。なってしまったのである。
「到っ着!」
「いやあ、凄いね。うん。凄い。感心せざるを得ないよ。うん。何せ、高度五百メートルからの急落下だもんね」
「仕方ないだろ? それくらいの高さから一気に行かないと、内臓がイカれちまうんだぞ?」
黒を基調に、白のフリルをあしらい、山高帽を被る、職業:魔女をこれでもかとばかり主張している少女、霧雨魔理沙の言。
厳密には魔女ではなく、魔法使いであったりするのだが、誰がどうみても、魔女である。
彼女が手に握る箒がさらにその印象を加速させていた。そして、それがここまで来た移動手段であった。紛うことなき魔女である。
その、移動方法というのは大変問題であった。空高く、胞子が薄い高度で目的地真上にポジショニング。そこから、まっ逆さまに半ば落ちるように、魔法の森に突入したのであった。
箒に乗ると言うファンタジーがアトラクションになった瞬間だった。今、子規の中では胃袋がブレイクダンスを踊っている。いくら五分以内、いや、一分以内に魔法の森自体からは離れられるとはいえ、大変体にはよろしくないところに来ているのだ。申し訳程度にマスクをしているが、やはり申し訳程度は申し訳程度。効果は然程見られない。咳は出るし、眼帯で隠されていない目がしぱしぱする。
「んじゃ、どーぞ」
「ああ、うん。お邪魔げほげほっ」
「あー、大丈夫か?」
「あまり、だいじょばないかもしれないね。ううん、毒とかそういうのには比較的耐性があったと思ったんだけどなあ……」
それもまた、外とは違う、ということか。
魔理沙に連れられてこられたのは、彼女の自宅であった。魔法の森の内側に立てられた一軒家が、彼女の根城である。
彼女自ら開けられたドアから入り、中の様子を見て、子規の動きは止まった。それだけの理由があったのだ。
「……………………」
「ん? どうしたのぜ?」
「……ぃ」
「あん?」
何かを呟いた子規に、魔理沙は耳を寄せる。
「汚い。汚いと、言ってるんだ。魔理沙ちゃん」
「ああ、掃除しようと思っても中々出来ないんだよなあ。魔法使いの部屋ってこんなもんだぜ? 工房も兼ねてるからなあ」
「……むしろ、片付けないといけないんじゃないのかい?」
魔法使いの工房が適当に乱雑に散らかっているというのは、恐ろしいこの上ない。何が起きてもおかしくない。
「その、何が起こるのか分からないのがいいんじゃないか。人類の歴史は九十九パーセントの偶然と一パーセントの必然で出来てるようなもんだぜ? 偶然で何か面白いことが起こるかもしれないじゃないか。まあ、偶然だから一回ぽっきり、二度と起きないかもだけどな」
「そういう考えがあることは認めるけど、だからといって、この部屋を掃除しない理由には、ならないね。全くもって駄目だ。お話にならない――全く、どっかのスポーツ少女と中の人が同じだからってこんなところまでわざわざ同じじゃなくても……」
「おい、それは色々とヤバいぞ。中には誰もいないからな!」
色々と。本当に色々とぎりぎりの発言である。だが、魔理沙の突っ込みは虚しくも受け入れてもらえない。そんなこと以上に、子規にはすべき事があった。
「諸君、私は掃除が好きだ。諸君私は以下略! 清掃だ! 清掃の時間だ! 一斉掃射により、たったの一片の塵も残さない! 塵はゴミ箱におくるべき存在だ! Dust to dust! 目標は全て駆逐! これより掃討作戦を実行するッ!」
今の子規には話し掛けても負ける気がした。それ以上に、話し掛けるという行為自体が間違っている気がした。
いや、気がした、というのが間違いだろう。彼に何を言ったところで無駄だ。一切合財何の躊躇なしに、邪魔するものを、道の上にあるゴミを一つ残らず狩り尽くすことだろう。
掃除をするだけだというのに、妙に禍々しい。
せめて、必要なものは死守しよう。そう魔理沙は誓ったが、そう上手くいくはずもない。こういう、他の誰かが他の誰かの部屋を片付ける際、片付ける側と片付けられる側には認識に軋轢が生まれるのである。
あれは取っておく、これは捨てるの応酬。本気で、本当に死ぬほど頑張って、魔理沙は物を守った。
「うん。綺麗になった。見違えるほどだ」
「そりゃあ、ようござんしたねえ」
もう二度と家には呼ばない。確かに綺麗にはなったが、失ったものが多すぎるし、大きすぎる。
嫌味なくらいに爽やかな子規といったダレる魔理沙だった。
「それじゃあ随分と時間は経ってしまったけれど、本題に行こうか」
「だな。ほんと、長い時間かかったが」
誰のせいだよと、言外にそう滲ませる魔理沙だったが、回り回っての自分のせい、自業自得である。しかし、なにも嫌がる他人の家を掃除するあたり、子規も相当なものである。
「よし、それじゃ、いっちょ始めるとするか!」
頬を叩き、心機一転。魔理沙は腕捲りをする。子規は、ここまで落とさぬよう必死で持ってきた旅行鞄を開いた。
一時間ほどして。魔理沙の部屋には大きな鍋が置かれていた。これもやはり、魔女であるということを全面に押し出した、いっそ甕と言った方が正しいようなサイズと形をしたものである。
「んーと、ここにこれを……」
「ああ、いや、こっちの方が……」
「けど、そうなると……」
「相性を考えるなら……」
「そっか。だったら……」
「ここはどうだろう?」
「お、いいな、それ。いただきいただき」
子規と魔理沙は二人して鍋を囲み、液体や粉末や茸を入れてはかき回し入れてはかき回しを繰り返していた。
子規の持つ『外』の薬と、魔理沙が使う魔法薬。素材などはまるで違うが、薬を扱うという点では同じものである。凝り性な子規と好奇心旺盛な魔理沙が出会って、何かが起こらないわけがない。
自分達の知識を総動員して、何かが作れないか。そういう運びであった。ちなみに、魔理沙の家を選んだのは、こちらの方がなにかと設備が整っていることと、子規の持つ技術は代用出来るものが多いが、魔法薬はそういった融通が利かない場合が多いからといった事情もあったりする。
「うーん、出来上がりが楽しみだぜ。これが薄い本なら媚薬が出来上がってデュフフな展開になるんだろうなあ」
「さすが同人界隈の大御所は言うことが違った」
「狭い家に若い男女が二人……私に乱暴する気だな……!エロ同人みたいに!エロ同人みたいに!」
「そんな気はないよ」
「こうもあっさり返されると逆に傷付くぜ……」
阿呆な会話である。
「そんなこんなで出来たぜ」
「どういうわけかは分からないけど、出来たね」
「いやあ、何だか当初の予定とはまるで違うものが出来た気がするが、気にしないぜ」
「予定通り行くとは思ってはいなかったさ。むしろ、そうであった方が好ましい」
一時は紫色になったり、大きな泡が出来たり、鍋が溶けそうになったりと、異様な状態になったが、今ではそれが嘘のように、透き通った水(に見えるもの)になっている。
「で、これは何だろうな」
「何となくの効能は予想出来るけど、厳密には、どうだろうね。やっぱり臨床実験とかしないとなんとも……」
「ま、とりあえず、容器に移すか」
と。魔理沙の足が、ガンと、鍋にぶつかった。
「いてて」
「大丈夫かい? だめだよ、気を付けなくちゃあ」
「悪い悪い――ん?」
「どうかしたのか――い?」
こぽこぽと、音が立つ。発生源は、鍋の中だった。魔理沙のお気に入りであるミニ八卦炉は回収され、火はとっくに消えている。だというのに、沸騰でもするかのように、鍋の中からは、泡がでる。
「ねえ、魔理沙ちゃん」
「なんだい、子規先生」
「媚薬以上にお約束のネタがあったよね」
「あったな」
「「……………………」」
目を、見合わせる。
「爆発オチか……」
「(^q^)」