短編
□頭物語
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僕の趣味の中に、古書集めというものがある。元々本が好きで集めていたのは集めていたのだけれど、最近は怪異関係、趣味と実益(そういっていいのか甚だ疑問ではあるが)を兼ねた風になっている。
とはいえ。古本ではなく、古書である。そこらの古本屋に売っているものではない。
そのため、少しばかり、遠出して古本市や、骨董屋を巡ることにしている。今日も今日とて、始発の電車に乗って、古書蒐集に勤しんだのだ。古書堂で手にはいったものは中々にレアだったので、ホクホクである。
蒐集癖というか、コレクターっけというか、そんな嗜好が発揮されてしまった。まあ、私財全部投じるとか、そういう無茶はしていないし、常識の範囲内だし。うん。
阿良々木家に戻り、本日の収穫物を改めて見る。装丁などにも注意を向けるものだ。本とは、文だけではない。そも、文だけを読みたいのなら、ケータイ小説でも読めばいいのである。昨今は電子書籍が注目されがちであるけれど、本には本ならではの魅力、魔性に溢れている。
質のいい和紙が使われたそれをとことん『読み』、さて、本題に目を通そうかと思ったときだった。
「へい子規ちゃん! 遊ぼーぜー」
「……火憐ちゃん」
派手な音とともに、ドアが開けられた。廊下への遮蔽物が無くなった結果、片足を斜めに上げきった火憐ちゃんがそこにいた。
つまり、開けた姿そのままなのだろう。
「とりあえず、ドアを蹴破るのを止めなさい」
おちおち鍵をかけることも出来ないのだ。
一回、鍵をかけていたら、ドアに穴が開いたことがある。文字通り、蹴破ったのだ。最近、とみにパワーアップをしている女子である。
勝てる気がしない。
勝てるとすれば、烈火のごとくな怒りを現したおばさんであろう。いや、本当。火憐ちゃんが死んだかと思った。
「あたしの熱い想いの前に、ドアなんて薄っぺらな板は紙っぺら同然! 障害物なんて阿良々木火憐さまの前に存在しないのだ!」
「ドアを開けなさいってだけだよ? 僕が言ってるのはさ」
「開けてるじゃん。足で」
「手で開けなさい」
「知らないのか? 子規ちゃん。格闘家にとって、足は手と同じなんだぜ?」
「人間的に手と足は違います」
なんでこうもああいえばこういう風になっちゃったんだろう。暦の影響かな。口は上手い、というか、詭弁が達者だし。
「サッカー選手にとっては、頭すらも手の範囲内なんだって」
「ハンドじゃん」
反則です。残念オーストラリア。
「いや、手が手だとかはどうでもいいんだよ、子規ちゃん。遊びましょ、って話なんだ」
「なんかスルーちゃいけない気しかしないけど……それで? なにして遊ぶんだい?」
「あたし考案、新☆しりとりだ!」
「しりとり? 懐かしいなあ」
『す』責めとか『ぷ』責めとか。暦が半泣きになったっけ。
でも、火憐ちゃんが提案するなら、こういう頭脳系じゃなくて、肉体系の遊びを提案しそうなんだけど。
「体力勝負だと、子規ちゃんとあたしじゃ勝負にならないからな。どう? この強者の余裕。格好いい?」
「油断と呼ぶものじゃないかな、それ」
本人が楽しいなら、それでいいけど。
「じゃあ、名前の発表だ。題して、あたまどり!」
「山手線ゲームじゃん」
ニュートラルで、『す』責めで『ぷ』責めだった。
「あ。それもそっか。あたしオリジナルだと思ったんだけどなあ」
「君の中のオリジナリティーの定義が気になるよ」
赤いあの国みたいな基準じゃないよね? と訊きたくなってしまう。
「むむむ」
「なにがむむむなんだい」
「く……あたしのオリジナル遊びで子規ちゃんをこてんぱんにしてやろうと思ったのに……」
「わりとこてんぱんにされてるけどね」
「それはスポーツ的な方向じゃん。頭使う方向で勝ったことないからさ。だから、慣れてないルールなら一方的にやれると思って」
「スポーツマンシップの欠片もないね」
しかも、それでも負けそうなフラグ。
「頭を使う競技にスポーツマンシップはない!」
「じゃあ、ヘディング勝負でもしようか」
「すげー! 子規ちゃんは天才か!?」
「……はい?」
あれ?
なんか違う気がするよ? 頭を使う(物理)って、勝ち目がないとかそんなんじゃない気がするよ?
だから、火憐ちゃん。止まりなさい。いい子だからさ、お願い。ね?
「いくぜ子規ちゃん!」
「ちょ、ちょっと待って、火憐ちゃ――」
「ファイヤー!」
「うなああああっ」
脳細胞が崩壊する音を僕は聞いた。
目の前が真っ暗である。それも一瞬のことではあったが、しかし。そう思っていたのは僕だけだった。時計の長針が一周していたのである。
「へへへ、勝ったぜ子規ちゃん! これぞ頭脳の勝利!」
「いや、頭蓋の勝利だと思うよ」
恐竜か。
パキケファロか。
一応、氷嚢を当てられているのは良心か。
「それ、私がやったんだけどねー。火憐ちゃんは大丈夫だってほっといただけ」
「そう。ありがとう、月火ちゃん」
なんというか。普段のファイヤーシスターズの活動そのものだった。
着物を着ている月火ちゃんが、枕元に立っている。
「知ってるかい、火憐ちゃん。君は人類のアベレージじゃないんだ」
「知ってるぜ、子規ちゃん。強くないと、正義の味方はやってけないんだ」
「そうじゃなくて」
あと、優しさが欲しい。半分の半分でいいから優しさを。
ファイヤーシスターズだからって、変なところで苛烈になっても。
「でも子規ちゃんも大概普通じゃないよね」
「失敬な」
火憐ちゃんみたいな、高速道路を壊せるような人と一緒にしてもらっちゃ困る。
「いやー、さすがのあたしでもそんなこと出来ないって」
「………………」
「………………」
月火ちゃんと目が合う。
やりそうだという方向で一致。
きっと対象は暦。
生きろよ。
「子規ちゃんなら大丈夫だよ」
「僕!? 無理! 死ぬ!」
「子規ちゃん怪我治るの早いし」
「いやいや。人よりちょっと早いくらいだけだから。被ダメージ自体は変わらないから」
「でも子規ちゃんならなんとかなるって信じてる」
その信頼はいらない信頼だと思うんだ。
「主人公は死なないから」
「わりと最近死ぬよ!」
「一回くらい死んでも大丈夫。強化フラグだから」
「僕の場合、地獄に行きそうなんだけど」
ゴー トゥー ヘルでございます。
今でも地獄に片足突っ込んでるような状態じゃないかなって感じだし。
「子規ちゃんが地獄って。そしたら、大体の人は地獄だよ。聖人くらいしか天国にいけないから、地獄が芋洗いのごとくだよ」
「煮っ転がすがごとし」
「美味しそうだね」
下らない話だった。
そしておでこが痛いのは変わらない。
頭脳戦なんて嘘ばっかだ。けれど、言ったら言ったで、なにが起きるか分からないので、黙っておくことにする。
勝てないもん。