短編
□雑物語
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狼の話。狼。ネコ目イヌ科イヌ属の哺乳類のこと。ネコなんだ。イヌ。犬なのに、猫なんだ。あるいは、食肉目。
[狼]
[Wolf]
童話などでは、茹でられたり、お腹を裂かれたりと割りと散々な目に遭っているけれど、現実でもその不遇ぶりはさして変わらない。害獣認定された彼らは狩られ、住処を追われ、日本からはその姿を消してしまったのである。
とはいえ、絶滅というのが蔓延しているこの世の中。さして珍しくもない例であるというのは、どうしようもなく無情だ。
狼信仰というのは日本各地、特にアイヌではよく見受けられる。その響きもあって、大神、とも呼ばれることも多い。神としての知名度はそれなりに高いだろう。主に、フィクションで。どっかのアマ公とか、美輪さんとか。
[U・ェ・)]
神の位置まで奉られるようになったのは、その気高さ故か。正確には、気高く見えるから。その逞しくもしなやかな肉体は格好がいいと素直に思える。イエイヌよりも遥かに優れた身体能力は正に狩人。西洋だといまいち報われないけれど。
西洋では今一いいイメージはない。というのも割りと簡単な話で、彼らは羊を食べていたからである。西洋人にとって羊は文化的に非常に重要なもので、それを喰らう狼は害悪以外の何物でもなかった。狼少年の話を思い出すと分かりやすいんじゃないだろうか。
悪魔の化身とまで呼ばれているし不遇である。どこまでも。
「おい春夏秋冬。なぜ俺を生暖かい目線で見る」
「ああ、いや、あはは……」
僕の目の前に彼は立っている。ここは直江津高校。当然のことながら、目の前の生徒が着ているのは、指定の制服である。前からは見えないが、その後ろには、肩ほどで纏められた髪が一房、ぶら下がっていることを僕は知っている。正直なところ、校則違反であったりするのだけれど、ほぼ諦められている状態である。
田舎で、それも進学校である直江津高校には、積極的に校則を破ろうという生徒はほぼいない。その数少ない例外が、彼である。髪を染めたり、色を抜いたりする人がいないので、よく目立つ。彼自身が放つ野性的な印象も相まって、一般生徒からは、こっそり不良扱い、教員からはひっそり問題児認定。
筋肉はしっかり付いているので、身長以上に圧力を感じる。風格があるのだが、それが誤解を生んでいるわけで。そんな、彼。三峯七夜。三と七が入ってて、なんとなく縁起が良さそうだが、しかし。僕と並ぶと、かなり、まずいんだよなあ……
[春夏秋冬子規]
+
[三峯七夜]
‖
[七夜……]
「うわ! ストップ! ストップ! これ以上は不味いって!」
「虚空に向かってお前はなにをやってるんだ……」
「いや、陰謀が……遠野さんがこの場にいなくて良かったと……」
「そういうことか……陰謀?」
小首を傾げる、三峯くん。陰謀なんだよ、これは。
「お前が何を言っているのか、分からないな。というか、お前、そんなキャラだったか?」
「いや、違うよ。多分。ていうか、自分のキャラクターなんてものを把握している人なんているのかい?」
「そうだな……羽川なんてどうだ? あいつの委員長キャラっぷりはすごいだろう」
「いやいや。羽川さんは確かに生粋の委員長キャラであらせられるけど、自分のキャラクターとしている訳じゃないと思うんだ」
羽川さんは素でやってるからなあ。
それであの善人ぶり。恐れ入るばかりだ。
「それをお前がいうか」
「なにを言うんだい?」
「逆に白々しいな」
なんのことだろう。
「それにしても、何を調べているんだ? ……狼?」
僕の机の上には、様々な資料が乗っている。図書室の本、図書館の本、ネットを漁って見つけたもの。そのどれもが、狼に関係していることだ。だから、いらぬ蘊蓄を長々と語らせてもらったわけだけれど。
「お前、そういうことなら、勘弁しろよ」
「どうこうしようとは思っていないさ。ただ、知るだけだよ」
間違っても、三峯くんを助けようだなんて思ってはいない。その領域はあくまで、三峯くんのものだ。
僕が干渉するべきものではないのだから。 勘違いで、傲慢でしかないわけで。思い上がり、だろう。僕が解決できたことなんて一度もない。
「怪異と一言にいっても相性がある場合もいくらかあるからね。理解が出来ずとも、知ることは重要だよ」
「相性、か。それはどうだかな。狼と猿だからって、俺と神原の相性が悪い訳じゃないだろ」
「犬と猿だからね。狼と猿は別に仲は悪くはないんじゃないかな」
「生息圏を考えると、狼と猿の方がぶつかるんじゃないか? 犬は人里に住むが、狼は山だ。猿がいるのも山だ」
「それはそうだけど」
まあ、犬の方が身近で、ついでに昔はそれなりに山と人里の距離が近かったということもあるのだろうけれど。
犬猿の仲の元になった民話は各地に見られる。僕が知っていたのは京都の話くらいのものだった。怪異を語る上では、民話や俗説と言ったものも重要になってくる。古典系の怪異など、特に。
「だが、まあ、案外あるのかもしれないな、相性」
「そうかい?」
「暦が吸血鬼になった日には、ある意味ぞっとしたな。偶然なんだろうが、なにせ、狼と吸血鬼だ。たまたま、なんかで片付けるには、どうしてもな。どうしても――なにかを感じざるをえない」
狼男と、吸血鬼。いかにも洋風の妖怪たち。ここにフランケンシュタイン博士謹製の怪物がいれば、欧州三大モンスター揃い踏みになるわけで。その場合、怪物くんは誰になるのやら。
「でも、君はニホンオオカミだろう?」
「重箱の隅をつつくな」
「運命、かい?」
「そんなロマンチックな、スカしたもんじゃねえよ。因縁、いやそれでも大袈裟だ。腐れ縁がいいところだろう」
「腐っていても、縁は縁だろうさ」
[縁ハ異ナ物]
[味ナ物]
「腐れ縁、なあ」
「ん? どうか、したのかい?」
「いやな、神原の奴に俺と暦は腐れ縁なんだっていったら、涎を垂らしてな……」
「ああ、そういう……」
「早すぎたのか、遅すぎたのか……」
それは、間違いなく、遅すぎたのだろう。
「とはいえ、うん。まあ、符合していると言える範疇なんだろうね。狼と鬼は」
「見方次第じゃ、おまえとも縁があるんじゃないか?」
「生息圏、という面ではね。というか、どうにもちぐはぐだよね。この町は。極東が日ノ本でありながらして、西洋の存在が集まりすぎている」
[春夏秋冬子規]
[阿良々木曆]
[神原駿河]
[三峯漆夜]
どれもこれもが純正の夜の住人。忍野さんをして頭痛がするとまで言わせたものだ。
しかも、全員が全員、根本的な解決はしていない。宿したり、一部が怪異そのものであったり。
[鬼ニ襲ハレ]
[猿ニ願ヒ]
[蠅ニ集ラレ]
[狼ニ神憑カレ]
「何が原因なのか……ってか? 怪異に理屈を求めるだけ無駄だろう。理由はあるかもしれないが、それにしたって、俺たちが察せられるものも少ない。そういうものなんだから、そういうものじゃないのか」
「一理あると言えば、あるね。誰に強制されたわけではなく、そうであるがゆえにそう、か」
解釈を付けるのは、人。怪異はそこにあるだけ。
偶然とも、必然とも言えるし、そのどちらでもない。
ただの現象。人間原理、というわけではないけれど。コギト・エルゴ・スムか。
「それで、狼少年」
「なんだ、蠅男」
「こんなだらだら喋ってるだけでいいのかなあ」
「ぐだぐだなのはいつものことだろうが。山なし落ちなし意味なし」
「それは神原さんが喚ばれる呪文だよ」