短編

□交物語
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 六月中旬。直江津高校では、文化祭が開かれていた。文化祭。それとはまた別の学校ごとのネーミングが着いているかもしれないし、着いていないかもしれない。

 ともかく、クラスであったり、委員会であったり、部活であったり、グループであったり、はたまた、教員であったり。 直江津高校全員がこの日の為に準備を続けてきたわけで。学校には、熱気が渦巻いていた。

 喧騒が、扉一枚隔てた向こう側から聞こえてくる。とある教室では、お化け屋敷がその演目であった。題材としては可もなければ不可もない。鉄板にして王道といったところ。良くも悪くも普通であった。

 その一角で、座り込む男子生徒の姿があった。

 というか、僕だった。

 この、というか、僕だったという流れは最近の二次創作では一つの定型文になっているのではないだろうか。結構な頻度で目にする気がするのだ。まあ、見慣れているから、と言われてしまえばそういうものなのかもしれない。人は、一つの事情に気付いたり、注目、つまるところ意識をすると、忽ちに対象やそれに関する情報にばかり目が付いてしまう。人間の潜在意識によるもので、例えば、占いなどでラッキーアイテム、ラッキーカラー、ラッキーナンバーなどを聞くと、その日はそれらばかり気になってしまうといったものも、これに起因する。何も言われなかったのならば、ただただ過ぎ去っていくだけの事柄のはずなのに。このことを、心理学用語では、カラーバス効果という。綴りはcolor bath。意味としては、色を浴びる。この現象を利用すると、ある程度ならば人の意識や行動をコントロールすることが可能である。これが、メンタリズムです。いや、まあ、僕は別にメンタリストではないし、メンタリストを目指しているわけでもないけれど。心理学に興味がないわけではない。怪異という精神的、心中的なものと遭ってきた僕としては、手がかりの一として有効な手段に成りうる。怪異を生むのは人だ。ならば、人の精神を幾分でも理解することは有用であろう。完全に理解出来るとは思っていない。人の心は複雑怪奇――いや、それ以前に、解き明かしてはいけないブラックボックス。人類最大にして最終、最悪のパンドラの匣。だからというわけではないけれども。本当にだからというわけではないけれども、僕が目指すのは、もう少し肉体的な方向である予定である。来年のことを言うと鬼が笑うというけれど、笑われたって構わない。僕の歩いている先には、やはり道が存在するわけで。一寸先は闇かもしれないけれど、その一寸以内を見なくては、始まらない。そもそも、一寸も視えるのかすら怪しいけれど。お先真っ暗。視える眼も、これについては全くもって視えない。そういうものか。そういうものなのだから。


「……………………」

「なに凹んでるんだ、会長」

「ああ、いや、まあ、その、現実逃避をしようとしたら、一周回って現実に戻って来ちゃったんだ……」

「はあ?」


 目の前で怪訝そうな顔をするのは、クラスメイトの一人、忍竹くん。忍竹カオルくん。忍竹。竹に忍で、しのぶだけ。なんとなく、つっついたら蛇でも飛び出してきそうな感じだけれど、忍竹というのは、雌竹という竹の一種の別称である。ちなみに、竹の花言葉は節度など。しかし、花言葉とは裏腹に、彼の呼び名は、番長、という物騒極まりなく、かつ、絶滅危惧種なものである。

 こうしてみると、かなり整った顔をしており、少なくとも、ファーストインプレッションで番長と呼ばれるようには思えない。強いて言えば、右腕に巻いてある包帯だろうか。


「現実逃避って、なにから?」

この格好だよ

「ああ、それ、ね」


 僕のクラスの出し物は先にも言った通り、お化け屋敷である。それは知っている。知っているとも。準備を手伝い、こうして本番に参加しているのだから。

 お化け屋敷ということで、クラスメイトはもれなく、お化けの仮装をしている。それで。まあ、それで。暦は吸血鬼。戦場ヶ原さんは蟹。羽川さんは猫。で。僕の仮装は、蠅の仮装。

 誰だ、 こんな設定したのは。

 あ、羽川さんだ。実行委員長、羽川さんだ。

 でも、これを用意したのは、羽川さんじゃないんだよなあ……

 蠅を模したキャップ。着脱式の翅。怖さと言うものは、いまいち感じられない、ユーモラスさ。とはいえ。


「僕は、パニック映画のモンスターじゃないんだけど……」

「ザ・フライ? そういう風には見えないが?」

「撫子ちゃんがさ、来たんだよ」

「ほう」


 忍竹くんも、撫子ちゃんとは知己だ。


「探し物は何ですカ、だって」

「……ドラえもんの映画で出てきた、あれか。またマイナーなものを出してきたな」

「あの子、本当に中学生なのかな……」

「……ネタが古臭いんだよな」


 いや、がんばれジャイアンはそこまで古くはないと思うけど。でも、少し世代がずれているような気がしなくもない。

 通じちゃう僕らも僕らだけど。


「あれは映画版になると格好いいジャイアンの典型だよな」

「お兄ちゃんとしてのジャイアンの傑作の一つだね」

「……俺たちはなんでドラえもん談義に花ぁ咲かせてんだよ」


 なんでと言われましても。そういう流れだったからとしか。

 まあ、やっぱりこれも、現実逃避なんだけど。


「なあ、直江津の出来杉くん」

「出来……なんだい、直江津のジャイアン」

「お前はどうやら、そのコスプレが気に食わないみたいだが」

「コスプレ言わないでくれ……」


 せっかく避けてた表現なのに……下手すればお遊戯会だけどさあ


「……お前はどうやら、そのコスプレが気に食わないみたいだが」

「……………………」


 二回言われた。

 さして大事でもないのに、 二回言われた。


「俺はこれを持たされただけなんだが?」


 そういって。忍竹くんが出したのは、板だった。

 ただの板ではない。鎌が突き刺さっており、赤い絵の具が付いている。それだけ。いや、見ようによっては、それだけではないような気もするけれど。


「江戸時代の小咄か……」

「ま、まあ、うん、センスがあるんじゃないかな? 頓知が効いているというかさ」

「無理矢理褒めなくてもいいと思うんだが」

「でも、これよりはいいんじゃないかなあ……」


 頭に被るそれを指差す。なんというか、もうギャグだもの。コメディーだもの。


「これで、どう驚かせっていうんだ、会長殿」

「鎌抜いて振り回せばいいんじゃないかな、番丁くん」

「それは全く別の怖さだろうが。鉈を持つか? 斧を持つか? チェーンソー振り回すか?」

「ジェイソンはチェーンソーは使ってないけどね」


 あれだけ持っているイメージがあるけれど、イメージだけ。

 噂には、尾鰭がつくもの。


「じゃあ、咥えてみたらどうだろう」

「それもそれで違うだろう」

「うーん、でも、怖がらせればいいんじゃないのかな。幸いにも、ジェイソンは怪異だ」

「怪異か? ジェイソン。というか、俺はジェイソンをやりたいわけではないんだが」

「僕もブランドルをやりたいわけじゃないんだ」


 そういえば、戦場ヶ原さんも大分嫌がっていた。


「そんなことを言い出したら、大抵。奴がそうだろうよ」

「そうかい? 割りとみんなノリよくやっているようにも見えるけどなあ」


 受験のストレスの解消を大いにやっているんじゃないだろうか。


「あれー? 忍竹くんと春夏秋冬くん、そんな隅でどうしたの?」

「あ、元凶」

「出たな、諸悪の根源」

「え? なんのことかな?」

「なんでも」
「なんでも」
 

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