ステキな作品

□夢のような・・・
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毎年の恒例として、恭子は学生時代からの友人に自分の誕生日を祝ってもらっている。
その逆も然り。
彼氏がいるときは早い時間にお開きとなり、いないときにはそれこそ夜が明けるくらいまで騒ぎながら祝ってくれる。
そんな友人を有難いと思う。
就職すれば自然に疎遠になってしまった学生時代の友人たちの中で、沙耶だけはずっと恭子の側にいる。
そんな沙耶も去年の秋に結婚した。
その相手が柳蓮二ということに恭子はそのとき酷く驚いたものだが、今ではこれ以上はないだろうと思えるほどの仲の良い夫婦だ。
柳蓮二という人物は立海に通っていた者の中では知らない人はいないだろうと思えるほどの有名人である。
もちろん、恭子も柳の存在は知っていたし、あの集団を知らない人間がいたのならばそれはモグリだと疑われたことだろう。
それがどこでどうやってこの二人が結婚に至ったかは恭子はいまだに知らされていない。
それでもそれを不満に思うことはなかったけれど。
























最近、恭子にはお気に入りのBARがある。
偶然入ったその店には、思いがけない人物が働いていた。
というよりもその人物こそが経営者だった。
しかし、その人物は恭子が恭子であることを全く認識していなかったし、覚えてもいなかった。
それを寂しく思うことはあっても、それも仕方のないことだと思う。
学生時代は恭子はそう目立つ存在ではなく、反対にその人物は超が付くほどの有名人だった。
有名だったからこそ、恭子はその存在を知っていたし、淡い恋心さえも抱いていた。
告白をしようとかそんな大胆なことをしようとしたわけではない。
ただ遠くから見つめて満足するような、そんな淡いものだ。
憧れ、というべきかもしれない。
しかし、はっきりさせなかったからなのか、いつまでもその淡い恋心は薄れることなく燻ってはいたが。
雰囲気のいいその店は、居心地も良くて恭子は知らぬ間に常連と呼ばれるくらいに足繁く通うようになっていた。
そうするうちに恭子はその人物と言葉を交わすようにもなっていく。
今日も今日とて、恭子はその店のカウンターに座り、その人物が作ってくれたカクテルを飲む。
特に注文をしなくてもすっと出してくれる綺麗な色のカクテルは、その日の恭子の気分に何故かいつもピッタリで、それも恭子がこの店を気に入る要素にもなっていた。
今日は仕事で嫌味な上司にネチネチとこれ以上ないだろうと思うほど嫌味を言われて、ついいつもよりも酒の量が増えていたことを恭子はそのとき気付いてはいなかった。
「今日はえろぅ飲みっぷりがええのぉ」とやんわりと言われるまで。

「え?そうですか?」
「カクテルは結構キツイ酒を使ってるからな。あまり飲みすぎなさんなよ」
「は〜い」

普通こんなBARを経営しているのならば、そんなことはお構いなしに酒を出すものだと思う。
しかし、その人物、仁王雅治はそうはしない。
そんな優しさを、優しさというのかは分からないが、どうしても胸がざわめいてしまうのを止められなかった。
今の仁王には学生時代のようなとっつきにくさや掴みどころがないような感じはなく、仕事上なのかもしれないが、好意的に見えるその立ち居振る舞いに、恭子は知らず知らずにときめいてしまうのだった。
大人になった仁王はあの頃以上の色気がある。
本当にドキッとするような、羨ましく思えるほどの色気を醸し出している。
学生時代にも相当なものだったのに、と思わずにはいられないほどに。

「仁王さん、もう一杯作ってください」
「もうええ加減にしときんしゃい。お前さん、もうかなり酔っとるき」
「もう一杯だけにしますから。ね、お願いします」
「ホンマじゃな。まあ、どんなに頼もうがそれ以上は作らんが」

そう言いながら仁王は新しいカクテルグラスに綺麗なピンク色のリキュールを入れた。
その仕草を恭子はボーっと眺めていた。
綺麗な長い指が繊細に動き、一つのカクテルを作り出す。
そんなとき、ふいに恭子の携帯が鳴り響いた。
携帯をバイブにするのを忘れていた。
こんなBARには似つかわしくないそのメロディーに恭子は申し訳なさそうに仁王を見た。

「よかよ。出んしゃい」
「すみません」

携帯の表示を見るとそれは沙耶からで、恭子は通話ボタンを押した。

「もしもし」
『もしもし?恭子?何?まだ外なの?』
「うん。そうだよ。いつものお店」
『ふ〜ん。そっか。あまり飲みすぎないようにね』
「分かってるよ。今もそう言われてたとこ」

沙耶には仁王の店のことは話しているし、大方のことは分かっているだろう。
仁王がこのようなBARを経営しているのは柳蓮二からも聞かされてているだろうし、隠し立てする方がおかしい。

『ところで、さ。もうすぐ恭子の誕生日じゃん。今年の誕生日プレゼントは何が欲しい?』
「そうだな〜。何でもいいけど」
『そう言われると困るのよ。何か恭子が欲しいものをあげたいの』
「じゃあ、さ。無理ならいいけど。夢のような1日がいいな」
『了解!任せなさい!じゃあね、遅くならないうちに帰るんだよ』

沙耶の電話はそれだけで切れてしまった。

「友達か?」

いつもはあまり感心を示さない仁王が珍しく声を掛ける。

「そうです。学生時代からの、今は柳蓮二さんの奥さん」
「ああ、アイツか。アイツと友達なんか?」
「ええ、そうですよ。実は私も立海生だったりして」
「そうなんか?それは知らんかったのぉ」

やっぱりなと恭子は思う。
それでもそう気落ちすることなく恭子は仁王が作った綺麗なピンク色のカクテルを飲み干した。
これで最後だと言われていたし、そう言ったら絶対に仁王は新しいお酒を出してくれないことは分かっている。

「ご馳走様でした。帰ります」
「気を付けて帰りんしゃい」

そう言って仁王は恭子を店の外まで見送った。
これもいつものことだった。
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